2009年11月3日
もじあるき」制作1周年の慰安旅行を、ごろさん、づけし、アヅマさん、僕の4人で敢行した。流行りの言い回しで言うと「自分へのご褒美」ってやつか。
とはいえささやかなもんです。
一番お金を使ったのが東武線急行スペーシアに乗ることなんだから。行き先は日光。僕を除いた他3人が関東圏出身で、大体修学旅行か林間学校で日光を経験しているため、日光童貞は僕だけ。つまり他3人の主な目的はどちらかと言うとスペーシアで朝から一杯飲んでもう十分、という感じだったのだが、僕は日光と聞いて外せないポイントがひとつあったのだった。
それは華厳の滝。

明治36年(1903年)、当時の第一高校生藤村操(18)が「萬有眞相は唯だ一言にして悉す 曰く『不可解』」との言葉を近くの樫の木に彫り、飛び込んだ、落差97mの滝。
おそらく日本で初めて大衆向けに自殺を「高尚なものである」とイメージ付けたこの出来事の影響は大きく、後追いも発生し、自殺の名所として全国に知られるようになった。
以上が敬愛する佐藤有文先生のいくつかの著作から要約した情報であり、僕の認識である。
ここ2~3年で稼いでいる「怪奇! 日本ミステリー図鑑」(絶版)に載っている行きたいミステリースポットその6のチェック欄が埋まるという思い。そしてどんなにおどろおどろしいのか、はたまた神秘的な場所であるのか。
期待は高まるばかりであった。
東武日光駅からバスで50分程。紅葉の色彩が目を潤すいろは坂を登り、着いてみて思ったのは「あれ、明るい」だった。
この日は日中綺麗な晴れ空ではあったが、それにしてものどかな観光地といった平々凡々な印象だ。
さらに最も滝に近付くためには、エレベーターで「降りて」展望台へ、即ち下から見上げる形でしか行く術が無いらしい。
これにはかなり混乱した。何故なら今の今まで、華厳の滝にまつわる怪談なんかを読み聞きする時に想像していたのは「見下ろした滝の画」だったのだ。しかし実際の華厳の滝は立地的に道無き道を分け入りでもしないと滝の上部から滝を見る事はできそうに無い。
「滝つぼを見下ろすと吸い込まれそうになる」みたいな描写はフィクションなのか? といったショックを噛み締めつつ、展望台へ出た。
観光客で賑わう展望台から滝の方を見ても、勿論死にたい気分になどならない。
「伝説なんて、大抵は目の当たりにすると拍子抜けするもんだ」
頭の中で街灯を背にした、クールで渋めのおっさんが煙草の煙とともに言葉を吐いた。
僕は土産屋で売られている藤村操のプロマイドみたいなものを発見して完全に毒気を抜かれ、100円払ってそれを買った。
華厳の滝は僕の中で晴れてがっかりスポットに認定された。
どの位がっかりしたかと言うと、眺望的にはかつて行った山梨の白糸の滝の方が感動したし、大して期待していなかった日光東照宮の方が見るものがあったと、振り返って思う位だ。
(ただし日光ヤリチンの一人であるアヅマさんは、あまりの人の多さに気分を害し、東照宮内のいくつかの見所をスルーというヤリチンぶりを見せ付けてくれた)
まあ地元の人にとっては自殺の名所なんてイメージの方が嫌だろうから、決して悪い意味でのがっかりではない。
あくまで個人的な「伝説の正体見たり枯れ尾花」である。
僕はもう霊感が無くなってしまったので根拠は無いが、堂々と言ってしまおう。あそこに幽霊は居ない。藤村操の影響力もほとんど無い今、ここが自殺の名所になり得る要因は滝の高さからくる確実性しか無い。
あとは近くの蕎麦屋で湯葉というのを初めてちゃんと食べたのだが、「糞美味え」という美味いんだか不味いんだか解らない感想が口をつく程美味かった。
(注)
現在Internet Explorer6,7で「ダメ工房日誌」を閲覧できないという意見をいくつか頂いており、Win派の僕もプレビューすらできません。予測しない段組の崩れ等発生している場合はご容赦下さい。
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