2010年8月28日

旅行に遺稿

こんばんは。我妻です。

かつてみうらじゅん氏を取材した際に、MJは「僕は自分のことをたまたま日本に駐日しているだけの人だと思っています。ゆるキャラやとんまつりもその一環であって、人様の文化を駐在視点で見ているだけなんですけどね(笑)」と言っていた。
それ以来、僕もMJほどではないにしろ、旅行でどこかを訪れた際には、極力フラットに、「この光景は世界のどこかにあった光景であって、たまたま今日僕はこの光景を目にしただけなんだろうな」と思うようになった。もちろん、そこには感動や衝撃といった感性を揺さぶる要因に溢れているし、何かしらの催しがある際はあらかじめ調べていったりするわけで、“完全に”客観視をして旅先を訪れることは不可能ではあるものの……。
『当たり前のことを駐日大使のような趣で考えてみる』というのはとても面白い発想なので、ぜひ諸兄姉にもオススメしたい。人は誰しも何かしらの親善大使であるかもしれないのだ。
さて。あれこれ色々と紹介したいものがあるのだが、今回僕は、故郷・北海道のいくつかの断片についての魅力を簡単ではあるがお伝えしようと思う。

①野付半島について



地図をご覧になっていただければお分かりのように、釣り針のような形をしている日本最大級の砂嘴である。バカリズムのネタではないけれど、有事の際に北海道をハンガーのように吊るすとすれば、(全体のバランスから鑑みるに)野付半島か長万部(おしゃまんべ)のどちらかに票が二分されるのではないかと思う。野付は静水域に堆積した漂砂の陸地であるため、渡島半島の付け根に位置する長万部のほうが強度では勝るものの、1つ上のオシャレを目指すならボトムのベルト通しにキーリングのように野付半島を吊るすことを推奨したい。その際、漂砂への増強材料は、北海道ホームセンターの本丸『ホーマック』でお求めいただければ幸いである。

野付半島は5分の4くらいまで車で進入することができ、末端までは徒歩移動となる。囲まれる形で存在する野付湾には立ち枯れたトドマツの残骸が湿原上に立ち残る『トドワラ』という光景が広がり、対岸の根室海峡には曇っていても国後島をはっきりと望むことが出来る。



来訪者はアシッドなトドワラと、プリズン感漂う国後島に挟まれる形となり、否応なく孤独感に押しつぶされること請け合いである。国後島を背景に写真を撮るにしても、『近くて遠い国後島』というキャッチコピーの看板を含めた政治的背景のほうが鮮明にあらわれてしまい、ここが観光地であることを心から忘れ去らせてくれる仕様となっているので注意が必要だ。ちなみに、その磁場に侵されたのか僕の表情は拉致被害者のような灰燼としたものになってしまったため、ここにその写真を載せることを自粛させていただいた。国後島のみの写真でご容赦願いたい。

砂嘴に進入する道は『フラワーロード』と呼ばれており、季節と天気さえ都合がつけば、まるで天国の入り口のように美しくも奇怪な光景に出会えるだろう。



しかしながら、写真の通り天候が急変し、右半分が集中豪雨、左半分が陽光というアシュラ男爵、または、清水アキラの谷村新司と研ナオコのモノマネのような光景になってしまい、僕は無意識のうちに親指を隠してしまう、霊柩車を見たときのような感覚に陥る有様であった。本来は荒涼とした風景にひとかどの植花という癒し効果があるはずなのだが、砂嘴に落水する容赦ない雨粒に加え、何百メートル区間おきに設置される
『北方領土還せ!!』という看板ならびにメッセージの強力なコラボレーションが、なにか鮮烈な巨大儀式を仕掛けているように思えるだけで、そのプログレ感たるや“陶酔”の一語に尽きるものがあった。そのためフラワーロードのフラワーとは、植花ではなくヒッピー的意味のフラワーなのではないかと、本気で思ってしまったのも、決して飛語にはならないと思うのだが、いかがだろうか。

雨が晴れると写真のように虹がかかったのだが、国後島方面にかけて描かれたプリズムは、まさに実写版PINK FLOYD『The Dark Side Of The Moon』(邦題:狂気)としか形容できない光景である。アルバムのあの三角形は国後島だったのだ。





ご自身のDark Side Of The Moonに触れてみたい折は、
ぜひ野付半島へ。
北海道にしかない素晴らしき世界を体験してみてはいかがだろうか。

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2010年8月9日

真夏の怪談話

『怪物とたたかう者は、みずからも怪物とならぬようにこころせよ。なんじが久しく深淵を見入るとき、深淵もまたなんじを見入るのである』



上記は数あるニーチェの名言の一つです。有名なので知っている人も多いのではないでしょうか。それにしても、素晴らしく的を射た表現です。願わくば原文で理解したいと思っているほどです。皆さん、いかがお過ごしですか。我妻です。

先日、海浜幕張まで用事があったので、京葉線に久方ぶりに乗りました。舞浜駅では、夏休みとはいえ、平日にもかかわらず多くの名もなき人々が下車していきました。高校生カップル、ママさん連中、北関東の亜人間、特徴がないのが強いて言えば特徴です的凡人の方など沢山の異邦人が、夢の国へと吸い込まれて逝くのを見て、僕は何故だろう? ギシギシと歯軋りを奏でておりました。きっと心の優しいチビッコが僕をみたら、「ねぇ見て、ママ。なんであの人、泣いてるの…?」と呟いたことでしょう。そしてママから、「あんなウ●コ、見ちゃいけません!!」と怒られることでしょう。



この世は「対」になっているのだから、僕は当然のように帰りも、海浜幕張から東京に向かって京葉線で帰ってこなければなりませんでした。僕はいつもここで「怪物」を見るのです。深淵を覗いてしまうのです。ご存知の通り、京葉線は八丁堀駅を過ぎたあたりから地上に出ます。その逆である上り電車に乗るということは、八丁堀手前から車体は土中へと滑り込んで消えてゆくのです。

ディ●ニーランドで、カルマを殺ぎ落としたハッピーな人たちを、舞浜で大量に積載して地下に潜る京葉線の上り電車は、下りのそれに比べて明らかに『重い』。正&陽のエネルギーを積んだ車内は、ドラゴンヘッド1巻の修学旅行に浮かれる風景に似た多幸感に包まれている。そこにひたすらi-Podにスラッシュメタルを突っ込んでいるような僕が同居する。“風邪気味なので少し調子が悪い”と思う込むことにした僕は、ミッ●ーの帽子を被る輩全員のケツに、プラグを差し込みBOZE製アンプと繋げて「Welcome to fun land!!」と叫んでやりたかったのだが、「怪物」が僕を覗いてそれどころではない。



前述したとおり八丁堀手前から地下に潜ることで、車窓には闇しか広がらない。何も見えないその闇を覗くと、怪物が浮かび上がってくる。そいつはいつも僕とソックリの顔をしている。僕。自分の姿が暗闇の車窓に浮かび上がる。驚くようなパッとしない、苦虫を噛み殺したかのような顔が闇に浮かんでいるのです。僕はこんな戦後まもない人間みたいな面をして、つり革を握って…いや僕が握っているのは…つり革じゃなくて蜘蛛の糸!? ちがう、これは最後の理性を掴んで…もしかしたら人間の腕?!…ざわざわ…俺の負け?! 武田勝頼になっちゃった?! そんなたいして意味のない(というか意味の分からない)幻術に惑わされながら、暗闇に浮かぶ自分を凝視する。八丁堀からの一区間を、panic&idiotな感覚で怪物の名を借りた化け物と対峙するはめになる。京葉線に乗ると、ほとんどこうだ。

誰が設計したかわからないですが、ディ●ニーランド最大のアトラクションは「八丁堀~東京」間にこそあるのです。舞浜で乗車した方々は、この化け物たちを鑑賞して御覧なさい。一瞬にして夢から覚めることでしょう。ユダヤの格言で「妻を選ぶときは階段を一歩降り、友を選ぶときは階段を一歩上がれ」というのがありますが、土中深くにある京葉線のホームまでと続く、あの階段数はまさにユダヤの格言を暗喩しているかのようです。あの階段は「魔」そのものであり、僕は毎回あの階段が現代版「黄泉比良坂」としか思えません。怪物は目の前に。しかしながら、闇でしか見ることが出来ない。だから、怪物なのです。

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2010年7月17日

傑作『ハウルの動く城』

宮崎駿監督作品は、さまざまな見方が出来る。あくまで以下の総評は、僕個人の視点に特化しているため、批評とも戯言とも受け取っていただいて結構だ。その上で、『ハウルの動く城』は、宮崎アニメでも屈指の名作であると声を大にして言いたい。

では、何が傑作たらしめるのか?
まず特筆すべきは、「動く城」という舞台装置があまりに秀逸であったということだ。一つの扉がタイムトンネルとなり、時空を越える。この映画は≪巨大な密室劇≫といっても過言ではない。「ハウルの動く城」を舞台に、時空が変わるという仕掛け・・・これは何かに似ている。そう、能の舞台にソックリなのだ。場所や状況が変わるのではなく、時間が過去から現在、そして未来に飛び交う「複式夢幻能」の世界にピタリと当てはめることができるのだ。

動く城の扉が、「橋掛かり」的な意味合いを持っていることも意味深だ。老いたソフィーと若いソフィー、獣人化したハウルと美青年のハウル、老人に化けたマルクルと普通のマルクルなど、時空を越えた姿で扉を行き来するのは、橋掛かりの来迎的メタとしか思えない。

そして何ゆえこの物語から「能」的なメッセージを感じたかといえば、人の「思い」=人の「呪い」という中世の呪術的偏愛傾向が強烈ゆえだ。小野小町を偏愛するあまり、深草少将は彼女に呪いをかけ、結果狂い老いてゆく「卒塔婆小町」。1人の若い女が評判の寺の鐘に偏執的興味を持ち、挙句、その鐘の中に閉じ込められ大蛇へと変貌する「道成寺」。これらを筆頭とした能の名作といわれる作品にも通ずる、ソフィーをはじめとした登場人物の「思い」は、やがて「呪い」となり、自らの姿さえ変えてしまう。「ソフィー」「ハウル」「魔女」は、まさに日本中世的な偏執愛にかられた≪救われない魂≫以外のなにものでもない。日本中世における魔法とは「呪い」、すなわち、人の「思い」なのである。この偏愛を、巨大な密室である「動く城」という舞台装置だけで、夢幻能的に一切の説明も無駄もなく描き出す。これほどピュアでドロドロな偏愛群を、一つの舞台に錬金術的に閉じ込めたというのが信じられない。これはもう、公開当時世間でもてはやされていた”片思いをキレイに描いた「ハチミツとクローバー」“に対する駿からのアンサームービーとしか思えません。

日本の「能」のような時空をこえる劇というのは、世界中世を見渡しても、日本しか行っていなかったくらい、超斬新でエキセントリックな世界なのです。他の国がようやくこの舞台装置に気が付き、まともな演劇としてスタートさせたのは、近代国家以降。そしてそれはカフカの現代劇が、近代国家では初めてと言われているはず。カフカもまた「変身」「審判」など、舞台が変わらず自分が変貌してゆく世界を描き出した巨人の一人であった、ということは今更いうまでもないでしょう。つまりこの「ハウルの動く城」は、(能的な意味も含めた)「変身」というテーマとも、切っても切れぬ関係であるというわけなのです。

能ではその思いが成就すると、その呪いが解ける、もしく天に召すケースが多い。ソフィーやハウルが、ラストシーン近くから、何の説明・理由もなしに、普通の姿に戻っていることに、意味が分からなかった人も多いのではないでしょうか。しかし、上記のように、思いが成就すると同時に姿が≪元に戻る・救われる≫能の世界においては、このハウルのラストシーンは至極納得のできる自然な呪いの解け方であったと、僕は思う。その演出のために「戦争」といういかにも映画的な山場を、唐突に盛り込まざるを得なかったのは、個人的にあまり好きではないが、近世以前とは常に戦争の歴史でもあるわけだから、それも情状酌量の余地があるところだろう。

さらに白眉と云わざるをえない演出は、「動く城」が舞台装置としての機能を果たすとともに、移動装置としての役目もはたす「箱庭」であったということだ。ゴミ屋敷でしかなかった城が、ソフィーが移住し、城がキレイに掃除され、そしてあろうことか魔女と犬が住人として増えるという箱庭感。極めつけは、住人の誰一人として、まともな人間がいないという終末観。痴呆のフリをする老獪な魔女には、まんま「幸楽」の赤木春江をキャスティングしたいくらいだし、ソフィーは泉ピン子でなんら問題ない。宮崎駿的な現代社会への変態メッセージも随所に散りばめられ、ユーモアとアイロニーのバランスも絶妙。しかしながら、この「動く城」での狂騒的行動(逆噴射家族的行動)が、何故かアットホームに素敵に思えてしまうから不思議だ。そこが宮崎駿が稀代の監督たるゆえんだと思う。(ラストシーンのボロ板に案山子が加わる構図は、襖絵を見ているかのような静的躍動感に溢れていて本当に素晴らしいカットだと思う!!)

最後に、この映画は久石譲作曲のテーマ曲がほぼ繰り返しでいろんな場面で使用されている。3拍子のワルツであろうこのテーマ曲。ツー・チャッ・チャッ×∞という心地よいリズムは反復しそのままに、だんだん起伏を増していく。能的な舞台装置はそのままに、時空が、状況が起伏を増していくこの物語に、いかにもピッタリだということも偶然の一致ではないような気さえする。いやはや恐れ入ります。

僕の感じ取ったことはたまたま偶然であり、宮崎駿監督が意図したものとどれだけ重なっているのか謎だ。しかし、僕から見ればこの作品は、完全に複式夢幻能だった。それでいて純粋に面白かった。「もののけ姫」や「千と千尋」のような、無理やりストーリー性を持たせた感じの堅苦しさや、飲み込み易いように液化したかのような甘ったるさもない。夢幻のなかで繰り広げられる物語は、当然、展開も夢幻の如くなり。それをアニメという異形に転化してしまう発想と手腕。アニメでありながらここまで感情を扱うという試み。これほどまでに宮崎駿のパラノイドが、文字通り成就した作品はないのではなかろうか。
『ハウルの動く城』に対しては常に微妙な評価ばかりを目にしますが、僕のなかでは、畏怖の念すら抱かせる”日本の中世と西洋の中世が融合した傑作劇”です。その思いもまた、物語同様、偏狂的に抱き続けていくことになるのだと思います。

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2010年6月29日

毒眼鏡

こんばんは。

サッカー日本代表、思わぬ快進撃が続いて今日の夜もあちこちでアニバーサリーベイビーが十月十日後に生まれてくるのではないでしょうか!? 皆さん、いかがお過ごしですか?? 我妻です。

最近は雨ばかり降り続いていますから、皆さんも雨に濡れることに慣れてきた頃合だと思います。ですから、ここらで水を一つや二つ刺しても、さしてお変わりなどないものと存じます。

月形半平太じゃないですけど、「春雨じゃ濡れてまいろう」、あの台詞くらい寛大な気持ちで、以下を追っていただければ嬉しいです。

要するに毒眼鏡です。
なんなんですか?? この手のひら返しは。
どこの劇的BEFORE/AFTERなんでしょうか。
「まぁ、なんということでしょう! 匠は毒眼鏡の評価を一変させてしまったのです!」

嘘でも日本が元気になるような快進撃。
それそのものはすばらしいことだし、とても嬉しいです。
しかしながら喜ぶことと評価することはイコールなのでしょうか。
仮に評価するとして、それは不屈の精神で不慣れな役目を全うしている本田であったり、リーダーとして闘う集団に変貌させた長谷部であったりと各選手たちに対してでしょう。
その証拠に選手たちの口からは、「毒眼鏡さんのために」とか「毒眼鏡さんはじめ、コーチ・スタッフも一丸となって」という言葉は聞こえてこないじゃないですか(ゴールしても誰も毒眼鏡には抱きつきに行かないじゃないの)。

むしろ、毒眼鏡一人がやたらと、「控えの選手はじめ、スタッフ一丸となって」などなど、やたらと裏方の人たちを持ち上げるような発言ばかりが目立つ。これは、選手たちからも信頼されていない自己(個人)を陰陰とするがための、大将らしさを演出するカモフラージュ的発言としか思えません。個人の資本を否定する全体主義的発想といっても差し支えありません。

毒眼鏡は夢から覚めただけで、何一つ勇将らしいことはしていない。
毒眼鏡への手のひら返しほど、釈然としないものはない。
「本田カッコいい!!」というような人たちは良く考えてほしい。
本田なら、『(毒眼鏡への評価は)ごもっともだが、俺の考えは違った』と放言するのではないだろうか。
所詮、その程度のサッカー熱、もっといえば盛り上がりそのものが全体主義的なイベントであって、僕のようにこと細かく考えるほうが無粋であるというのもわかってはいる。
しかしながら、盛り上がりに乗じてコロコロと自分の意見を変える、そんなような何度も見覚えのある光景を目の当たりにすると、水を差さずにはいられない。

今、なんとなく“消費税を上げないとヤバいから上げるのは仕方ない”と思っている人って、小泉さんのとき、なんとなく“郵政民営化をしたほうがいい”と思った人たちと同じなんじゃないでしょうか。
確かにマニフェストやるやる詐欺の民主も醜いけども、自民党にnoと叩きつけて民主に投票した人たちの諦めの早さ、すなわち信託したことへの無責任さこそ呆れかえる事柄ではなかろうか。
そして民主は、『4年間は消費税を上げない』とマニフェストに記述してあるわけだから、今回の増税論は明らかに公約違反にもかかわらず、「(ギリシャみたいになるのは怖いから)消費税引き上げは仕方ない」と肝心の民主に投じたであろう人たちが心変わりしている節操のなさ。ギリシャみたいになるのが怖い…って思っている人のどれくらいがEUの何たるかを知っているのだろう。毒眼鏡への評価も同じ。つまりは、おっさん、おばさん、彼ら彼女ら、みんなサッカーも政治も同じ感覚で評価してんだよ。

もうね。この意思亡き心変わり具合は、遠藤のコロコロPK以上にコロコロだし、本田のブレ球FK以上にブレブレ。
今大会の日本のMVPは上記2選手以上に、毒眼鏡に謝罪した人たちだね。
とんでもないビッグプレーだよ。
ランパードの幻ゴール以上に、暴力的な誤審だよ。

まぁ、日本に限ったことじゃなく人間なんて単なる動物にすぎないわけだから、世界のどこにいたって大なり小なりシンプルなものなんだろう。そう考えれば、4年に1度くらいの時は…と鞘におさめたい気持ちもあるものの、支持率がドロップしたと思ったら(何もしていないのに)ホップするような不自然な人たちだからね。

「せっかくこれからパラグアイ戦だってのに、水を差すようなことばかりいいやがって! いいじゃないか、変化するのが人の心情ってもんだろ!!」
僕の意見を耳障りに思う方も多いでしょう。
そう思う人は僕を見かけたら『ブブゼラ』と是非声をかけて下さい。
その時、僕は貴方のことを『ジャブラニ』って呼んであげるから。

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2010年5月23日

タイへの雑感

こんばんわ、我妻です。

色々なことが起こり、タイへ行った。シンガポールトランジットでタイへ。
もう3週間も前の話です。
様々なことが起こり、あれもこれも記述しておきたいのだけれども、この内容を単に文面としてしたためるには、あまりに尚早すぎるような気がして、気が引ける。
しかしながら部分的に封殺したいという思いもあり、結果、取り急ぎ2つについてだけまとめようと思う。

①ピピ島について
あなたは山が好きですか? 海が好きですか? それとも、皆さんお元気ですか? と問われたならば、僕は断然「山が好き」と答える。以下の写真を見てもらいたい。



この男(の浮かれ具合)凶暴につき。この写真は、タイに行く約2週間前に行われた“とよんさん主催の箱根山歩き散策ツアー”からの一枚です。
これを見てもわかるように、山への装備・山への礼賛、尋常ならざるものを感じ取っていただけるのではないでしょうか?
現に、タイ出発2日前によっつくんから、
「我妻さん、タイの海にも行くんですよね? 山派としてどうなんですか? 楽しみじゃないんですか?」と問われた際、
『ピンとこないなぁ。海に関してはまったく浮かれないと思うよ。俺は死ぬまで山派だよ』と力強く宣言したのを覚えている。



しかし、こうなっていた。なぜこうなったのかは覚えていない。
綺麗な海というものを見たことがなかったので、体がグラビアアイドル的傾斜になってしまったのかもしれない。



そしてこうである。もうこれは僕の知っている僕じゃない。
おそらく天国への扉を叩いてしまったのだろう。
これであの世に行っても「海を見たことがないのか?」と馬鹿にされる心配はない。



ピピ島はダニー・ボイル監督『ザ・ビーチ』のロケ地として使用された島らしい。
そんなことよりもこの島で僕は生まれて初めてシュノーケルというものを体験したのだが、溺れかけて本当に天国に行きかけてしまったので、
僕にとっては天国にもっとも近い島ということになる。
個人的感想だが、山に対しては閉塞的世界への倒錯を目指す。
だけども、このような海を初めて目にしたとき、恐ろしいまでの開放感への卒倒を覚えた。
気高い山では寝袋などに包まって自分を抱きかかえるように寝るのに対し、霊妙な海では両手を広げて大の字で寝たくなる。
寝る姿勢ひとつとっても、山と海とのコントラストは明らかだし、また自分のなかにあった海への渇望というものが噴出したのを自覚した瞬間でもあった。
暫時、十数年ぶりに海の中に入る感覚。
もう海に入る感覚など覚えていなったため、記憶にない親戚に結婚式で再会したような、そんなどう対処したらいいかわからないような雰囲気であったが、
「なにこの多幸感」。
山は好きだ、しかし海は幸せだった。


②タイで暮らす人々について



多種多様な人たちに会ったが、彼ら彼女らからはみずみずしさを一番に感じた。特に女性たちからは、年齢関係なくたくましさを通り越したみずみずしさすら感じた。
例えば物体だとする。できれば固形状のものが望ましい。それは果実を両手で割ったときにあふれ出る果汁かもしれない。
もしくは口から唇から流れ落ちる涎かもしれない。一種のだらしなさでもあるかもしれない。
そういう滴り落ちるようなみずみずしさを兼ね備えたたくましさ。
世界を見渡せば女性は男性よりもたくましいし、母は父よりも強い。
だけども、タイの女性たちはそれにも増してみずみずしさに溢れていた。
たくましさには合理性や効率性が多分にあるだろう。そういったものと距離のあるはずのみずみずしさが違和感なく同棲しているバランス。
異口同音に彼女たちは「タイ人男性は働かない」と言っていたが、嘆いてはいなかった。
敬虔な佛教国だからか、はたまた微笑みの国だからか、途上国だからか。もちろんよくはわからなかったが、こういったことをより把握していくには“情報で知る”という類のものではくて、“遺伝子に宿す”というような方法しかないような気がする。大脳皮質ではなくて、ミラーニューロンとかミームとかそういったお話かもしれない。



以上、
2点にのみ感想を付する。
粗雑な紙にいっぱしの熱意を封じる、という行為は確かにナンセンスなような気がする。
でもタイってそんな国だった。今ではその魅力にたぷんたぷんだ。
行為というよりも態度といったほうが適切かもしれない(だからナンセンスじゃなかったのか)。
なかなか思い出せないのは、もはやそのタイでの滞在が数週間も前に遡るからで、東京の夜風が肌に当たるほど忘れていく。
と、同時に日本の良さも思い出していく。
すぐ焼き増しに行きたい。シンガポールで見たゴキブリの多さや、紙のないタイのトイレが懐かしい。
この旅はプライベートな部分もあればパブリックな部分もあって、書きたくても書けない部分も多々ある。ゆえに2点のみとした。
でも、将来、何年後か何十年後かわからないがすべてを列記し書籍化(電子データ化)して読み物にしたいと思っている。
いつなんどきでも鮮烈になぞることができる。
こんなに濃い10日間はもうないかもしれない。
といいながらあったりするんだろう。
今年は同窓会もあったわけだから、期待せずにはいられない。

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2010年3月30日

思い出すほどのことでもない思い出

こんばんは、我妻です。

最近は、よっつくんとともに制作している“とあるDVD映画作品”のロケが相次ぎ、忙殺・寒風・裂傷といった責苦にあえぐ日々が続いております。そのような非日常的なことが続く中で、洗濯や掃除といった日常的なことを行わなければならないのは何とも不思議な感じがすると同時に、何かそういった日常的なものの中にも非日常が孕んでいるのではないのか、と妙にdetectiveになっていく自分を認識したりと、とにかく疲れます。

掃除も終盤に差し掛かる頃だったでしょうか。古びたオセロ(いつ買ったものだっただろうか)を発見したのですが、一般的に普通のお遊戯と思われるオセロについて、僕の友人が興味深い非日常的考察を行っていたことを思い出しました。彼は確かにオセロ狂ではあったのですが、狂人には狂人なりの理性があるらしく、その考察は一般的オセロユーザーである僕から見ましても、見事なものであったと記憶しております。

(以下、曖昧な記憶の中から当時の会話記録を記す)

友人「オセロとは、俺の理想郷なんだよ」

僕「何を言い出した?」

友人「分かるか、我妻君? オセロというゲームの美しさが!?」

僕「さぁ? 考えたこともなければ興味もないね」

友人「囲碁は陣地を守る、いわば守護職のゲーム。将棋やチェスは、キングを守るために、捨て駒が存在するヒエラルキーありきのゲームだ」

僕「それが何か?」

友人「まだわからないのか? 俺がオセロを愛する理由が。オセロには…駒の役目や格差がないんだ。純粋に挟んでひっくり返すだけだ」

僕「…!? まさか…」

友人「そうだ、オセロは平等なんだ」

僕「オセロは、マルキシズムってことか!!」

友人「あぁ、オセロは、社会主義なんだ」

僕「白がテーゼで、黒がアンチテーゼ、ひっくり返すことがジンテーゼ…その唯物的弁証法ってわけか」

友人「ご名答。だから、俺はオセロに恋なすや恋なんだ。革命家の第一歩こそ、オセロを極めることだと信じている」

僕「お前の行っている意味はよく分からないが、熱意だけは伝わったよ」

友人「ありがとう。白を黒にひっくり返すことが、文字通りの転覆(=革命)なんだよ」

僕「しかし対戦相手が、例えば4才児の幼稚園生だったとしても、君は手を抜かないのか?」

友人「俺はどんな相手が来ようとも手は抜かん。たとえ、4歳児が相手だろうと、平等に地獄の底にたたき落とす」

僕「まるで干渉戦争だな。お前のなかのトロツキーが追放されることを祈っているよ。それが良いのか悪いのか、僕には理解できないがな」

友人「言わば言え。偉大なうそつきは、偉大な魔術師だ」

僕「期待される者は、明日に何が起きるかを、国民に予告できなくてはならない。そして、次の日、何故自分の予言通りにならなかったかを国民に納得させる能力がなくてはならない…というわけか」

友人「あぁ、俺は白とも黒ともつかないグレーな日本人ならではの革命家になりたいね。まぁ、なる気はないんだけどねw」

その後、彼とは連絡を取り合うことは少なくなりましたが、たかだかオセロごときで、そこまで狂った“こじ付け”が出来ることに少なからず刺激を受けたものでした。

……
そんなことを思い出しながら僕は、掃除の最中に見つけたオセロ盤をゴミ箱に投げ捨てたわけです。(なぜなら埃まみれで汚かったから!!)
その間、時間にしてわずか3秒。
3秒の間に、いまのようなことを思い出した僕は、「自分はなんてどうでもいいことを思い出したのだろう…」と、責苦に次ぐ後悔に苛まされながら、再びロケを迎えるわけで…うんうん、明日も頑張ろうと、自家撞着している次第であったのでした。

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2010年3月21日

嘘の嘘のそのまた嘘

世の中には嘘が蔓延している。嘘の記憶や嘘の調書。嘘の見解に嘘の知識。そういったものが近い将来、Kindleでダウンロードできる時代になるかと思うとゾクゾクする。もちろん『楽しみ』として。

ウォーリック大学の研究者であるStuart Cadwallader氏によれば、IQが高い中高生ほど、ヘビメタをよく聴いているという。才能にあふれた中高生ほどストレス発散のためにヘビーメタルを聴く傾向があるのではないかと推測しているらしい。




とりあえず、この調査を実施したスチュワートさんの頭が“完全に悪い”ということは置いておいたとして、中高生のころからメタルを聞いている僕の見解としては、ぜんぜん頭が良くなりません。どうしたらいいのでしょうか。




メタルゴッドことJudas PriestのPVには迷作が沢山あるのですが、前半のマッスルシーンの不可解さは、さしもの才能にあふれた中高生でもクリアできないのではないでしょうか。「ホットロッキンッッン!!」といいながら焼け石に水をBukkake(ぶっ掛け)る映像は、あまりに難解すぎるテーマです。旅行などに行き、宿泊施設にサウナがある際は、僕も必ずといっていいほどやってしまいます。




森ガールなぞという言葉が世間では認知されているようですが、日本のメタルシーンではその数年前から“森メタル”という言葉が浸透していたことをご存知でしょうか? 彼らはその火付け役ともいえ、LOUDPARK06に参戦する予定だったのですが、あえなくキャンセル。このフェスティバルに参加した僕は大変残念に思っていたのですが、ANVILを見れたのは良かったです。そうです。映画『ANVIL』のラストシーンは、このLOUDPARK06だったのです。ということは、あの撮影を終えてからANVILの二人は2年間まったく売れていない状況が続いていたというわけです。ちなみに、この映画。いまだに二人にとって「メタル界の名プロデューサーはクリス・タンガリーディス」という認識が切なかったりと、所々にメタル好きでしか分からない悲哀が隠れていたりします。




見事なまでの知性のなさ! 『知性は方法や道具に対しては鋭い鑑識眼を持っていますが、目的や価値については無為です』というアインシュタインの言葉を表現しているかのようです。品格、品格と繰り返していた安倍さんに送りつけてやろうかと思えるほどのクオリティ。WASPは、この曲以外にも「chainsaw charlie」などメタル史に輝く名曲を沢山残していますので、「人は見た目で考えちゃダメ!」の典型です。

そうそう。最後に。
先日、さいたまスーパーアリーナにてACDCのライブを見てきました。




最高。

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2010年2月19日

vancouver olympic

早いものでトリノから4年が経過しました。
4年前のトリノでは、カーリングに大ハマリしてしまい、Youtubeをはじめ、方々でネタ探しに明け暮れておりました。
そんななか見つけたのがコレでした。



『人間はハマってしまうと、こんな物騒なものにまで行き着いてしまうのだなぁ』と、今の自分が過去の自分に警鐘を鳴らしている次第です。
ボードの点数が66666…(number of the Beast)ではなく、なぜ8並びなのかイマイチ理解できませんが、久々に「正統派バカメタルPV」を見た気分で、とてもほっこりしたのを覚えています。

そんなスウェーデンチーム。デュポン姉妹擁するデンマークに勝利するなど、調子はなかなかのようです。PVでノリノリのアンナさんも健在のようで、日本チームとの対戦がいまから楽しみです。
METAL IS FOREVERとはよく言ったもので、スウェーデンチームの面子が、4年前とほとんど変わっていないというのも色々な意味で驚きです。 

“氷上のチェス”などと知的なイメージが先行しがちのカーリングですが、意外とBurning!Burning!だったりしますので、みなさんもご覧になっていただければ幸いです。
説明するまでもなく僕はスウェーデンチームを応援しているため、スウェーデンチームを中心としたプログラム構成の民放キー局が、ある日突然空から降ってくればいいなぁと願ったり願わなかったり。
そんなバングーバーの日々が続いております。

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2010年2月8日

怪物

こんばんは。工房員の我妻です。

珍獣って、響きが面白いだけです。やっぱり「珍」の要素を動きやら態度やらで示してこそ、珍獣たる面白さがあると思うのです。珍獣といわれる動物が、ピクリとも動かなかったら、やっぱり興味が殺がれちゃうわけでしょ? 

むかし、リットン調査団のトークライブを見に行ったとき、そんなことを思った。普段、舞台で「シャイニングウィザード」とか「鶴田のニー!」とか飛び跳ねている人たちが普通に喋っているのを見たとき、物凄い違和感を感じてしまったのです。まったく動かない。珍獣は、動かないとただのアニマルだということに気が付いたのです。止まっていても成立するのは、そりゃ動物じゃなくて実は怪物なんだよ。

余談開始。
でも、トーク中の2時間、水野さんの左手がずっと震えていたのには好感が持てた。あれはセブンセンシズだった。ピンクフロイドの「ザ・ウォール」なんかを、あの震えと合わせてかければ最高の興ざめになるはず。舞台で震える人なんて嫌いだけど、舞台で震えない人間はもっと嫌い。
余談終了。

少し前、怪物を見た。
それはゾウでした。2月3日のこと。岡山市の池田動物園が、飼育しているゾウの「メリー」に恵方巻きを食べさせるというnews映像を見たときのことでした。その恵方巻きは、トウガンの中にシャリに見立てたサツマイモと、小松菜、ニンジン、バナナなどを入れた“2本で重さ10キロ”もあるゾウ用としてこしらえた特製のものだった。断面部分を見ると、粉々にされ散りばめられた彩り豊かな野菜が、我々が食す恵方巻きと同じようなデザインになっており、たしかにそれは恵方巻きとして遜色のない出来栄えを誇っていた。

丁寧に飼育員が、ゾウを西南西の方角に誘導し、あの長い鼻に特製恵方巻きをクルクルっと巻きつかせて、口に運ばせようとしていた。
だけど、刹那にゾウは恵方巻きを足で踏み潰すや粉砕し、地べたのうえで残飯状となったそれをムシャムシャと食べ始めてしまった。もちろん西南西なんか向いてやしない。

こいつは怪物だ、と僕は映像を見ながら思った。

「引越しのご挨拶に伺いました」と、新たに隣に居を構えることになったお隣さんから、挨拶がてら粗品を渡された瞬間、それを足で踏み潰し、箱から飛び出た何かしらの物質を凝視しつつ『わざわざお心遣いありがとうございます』と挨拶したらどうなるだろう。
どんな形であれ、“奥様は魔女”ならぬ“隣人は化け物”というソープオペラが幕を開ける。

ゾウに恵方巻きという人間の文化を押し付ける光景。口に運ぶ気配すら見せず、いきなり足で冬瓜を粉砕するゾウの動物本来の凄さを見たとき、やはりゾウは怪物なのだなぁと畏怖を感じてしまった。

カズ三浦カズ「人間も動物ですよ」(「日本も世界ですよ」的な)

ならば、ゾウからみれば、無理やりワケの分からない物体を鼻に巻きつかせられ口に運ばせようとした人間たちこそが怪物に写ったかもしれない。ムシャムシャと残飯を食い散らかす怪物・ゾウと、それを満足そうに見つめる怪物・飼育員さんたち。その中間に、バラバラと散乱する野菜たち。あれは、まるで中国とアメリカに挟まれる日本?! 気が付くと、そこには政治的ポンチ絵が完成していたのでした。

享保13年。
長崎から2ヶ月かけて江戸までゾウを連れてきたとき、東海道には多くの見物人が訪れたという。京都を通過する際には、天皇にお目通りすることとなり急遽、ゾウに従四位が贈位された(無階ではお目通りができないため)。歩いていただけなのに、従四位。ちなみに石田三成も従四位。

カズ三浦カズ「人間も動物ですよ」(「日本も世界ですよ」的な)

色々あるが、春先にゾウを見に行こうと決めた。そんな日記です。

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2010年1月23日

同窓会

こんにちは。工房員の我妻です。

先日、同窓会というものに行ってきた。厳密には、10人程度が集まるプチ同窓会とでもいおうか。僕は中学を卒業してから、なんどか引越しを繰り返してきた。当時はケイタイ普及夜明け前。小学校~中学校の旧友とのパイプはゼロに等しく、風の噂で彼らが今何をしているのかということを聞いているに過ぎなかった。

僕にとって、「一番面白かったのはいつだろう?」と振り返るとき、揺るぐことなく『小学校~中学校時代』であったと考える。そこを過ぎ去ってからは、“いかにつまらなくならないか”だけを考えて、日々生きていたような気さえする。あのときが沸点であり、あれ以上面白いものはこの世に存在していないとすら思う。全てが面白おかしく狂っていた。

今では30歳になってしまっている。中学卒業から数えると15年も会っていない。明日死んでしまったら、半生会わなかった計算になってしまう。自分を形成したであろう友人たちだが、人生の半分以上も顔を会わせていないとなると、もはやそれは疑わしきもので、本当にそこに実在していたのかも、思い出もあやふやだ。あんパンの中身は、当然あんが入っている。人生の半分以上、当たり前のようにそこにあったあんパンを食べていないとなると、やっぱり「あんパンの中身は本当にあんが入っているのだろうか?」と疑わしくなるものなのか。

そういう中で、たまたま、
小学校~中学校時代の面子と会う機会に恵まれた。

一緒の塾に通って一緒の団地に住んでいた仲の良かった友人が、美術刀剣刀匠の資格をもった立派な『刀鍛冶』として岡山で働いていることが分かった。偶然にも刀鍛冶としての彼のHPを見つけたことから判明したことだった。唯一僕と連絡網のある小学校時代からの友人が、彼にメールを送り親交が復旧した。1月は東京庵で仕事があるとのことで、だったらその時に会おう。連絡が取れて、来れそうな人間が集まるというアンオフィシャルな同窓会を開こう。

彼は同窓会の前日まで、他の刀匠と仕事をするため山篭りをしていたらしい。決して空手バカ一代ではない。その刀匠の庵が山の中にあるからということらしい。山から下りてきた彼を囲んだ旧友の数は10人程度だっただろうか。ただただ懐かしく、本当に嬉しかった。15年会っていないというのは、15年月日を重ねている。「案外、歳を取ってみるもんだなぁ」と妙に思ってしまった。

15年という褶曲した月日の稜線は霞がかり、川底を覆うように堆石した各々の15年は計り知れないし、推し量れない。色々変わっている部分もあるけど、まったく変わっていない。こうやって顔を合わせるだけでこんなにも嬉しいということが面白い。またいつ会うのか分からないけど、集まった面子のほとんどと15年もあっていなかったというのは、いまとなってはそれすらも良き思い出。

まるで蜃気楼のようだった。
朝方家に帰ってきたときは、昨日のことを“まるで昨日のことのように”思い出していた。ヘルツォークの『アギーレ』で、キンスキーが客船を人力で山越えさせるシーンがある。なぜだかあのシーンが、今はいっそう分かる気がする。
来月から個人的な今年の山場が始まる。その目前に30歳になり、旧友との連絡網が復興した。昨日の蜃気楼のなかで、僕は霞を食べることが出来たのだろうか。その答えはこれからだ。

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