2010年5月31日

「もじあるき」神楽坂編 再放送のお知らせ

ダメ工房で制作を担当した、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」神楽坂編が再放送されます。



放映日
2010年6月7日(月) 神楽坂編(10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

インターネット配信
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

出演
チェルシー舞花/清水優哉

内容
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は神楽坂で「と」を探します。

よもやま話(前回書いたもの)
個人的には「もじあるき」の中では一番良くできたというか、集大成のような作品になった。神楽坂は子ども番組で文字を探すには難しい街だったのだが、それが逆に、試行錯誤の機会を与えてくれた。「”無い文字”をどうやって”有るようにする”のか」というチャレンジは、ひょっとしたら、ただ”そこに有る文字”を探すよりも、面白い結果をもたらしたんじゃないか、という気がする。BGMは大好きなYo La Tengo(WEB版はフリー音源ですが)を使い、ブリッジやアニメも時間をかけて作った。実写もより、丁寧に繋げたと思う。テレビ番組というのは何度も繰り返して見るものではないと思うが、何度も繰り返して見ないと気づかないような仕掛けを盛り込んだり(そういうの好きなんです)。さてどうなりますやら。

Summer Sun

よもやま話(新たに追加)
この作品を作ってから約半年後に、私用で神楽坂の街を歩く機会があった。なんとなく、「もじあるき」で歩いた道をもう一度歩いてみた。すると、いろいろなものが変わっていて驚いた。あるはずの店が変わっていたり、細かい看板の類いが違っていたり。この作品の中で出てくる、お化けが暗闇からのぞいているところは、今はもう改装が終わっている。こうやってあらためて同じ道を歩いてみて、街って変わるなあ、生きているなあと思った。そういう面白さを伝えられるだけ、続けてみたかったものだが、そういうことをやれる機会が、根拠は無いんだけれど、いつか、来るような気がしている。

この作品があまりによくできたので、これ以降の作品は、何かをしなきゃ、と力を入れてしまった。最終的にはそれが、このコーナーを続かせない遠因になっただろう。あらためて見返してみると、この作品では、仕掛けがシンプルだったのが良かったのかな。

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2010年4月5日

「もじあるき」浅草編 再放送のお知らせ

ダメ工房で制作していた、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」放映日のお知らせです。



【放映日】
2010/4/12(月) 浅草編(約10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信


【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は浅草で「う」を探します。
本来は前後半に分かれる作品ですが、
今回は一本分にまとめて放映します。
テレビ放映版では、ラストのKING OF POPをお楽しみください。

あと、主題歌というかオープニングで使われている
van dyke parksの曲が、この作品では歩いている最中でも使われています。
彼の「Discover America」というアルバムを聞いて、
できあがった映像に当ててみたとき、
あまりにばっちりハマったので驚いたのを覚えています。

Discover America

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2010年3月8日

「もじあるき」表参道編 再放送のお知らせ

ご無沙汰しております、ごろりこと大里です。
ダメ工房で制作している、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」再放送のお知らせです。

【放映日】
2010年3月15日(月)
BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)
(うち10分間)

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は表参道で「て」を探します。

【よもやま話/昨年書いたもの。】
毎回手作りのような制作スタイルで、放映間隔が妙に空いてしまうのが心苦しく思ったり…。毎週やってるような番組って、どういう風に作られてるのかなあ。まあでも、ロケハンから構成、収録、そして映像つないでアニメ入れて、スタジオでフィニッシュするまで、きっちりと携われるのは作り手としては楽しい。相当、非効率的だけれど、この「手作り感」は大事にしていけたらなと思う。

【再度よもやま】
ちょうど昨年のいまごろロケハンをし出したというような作品だと思う。同じ季節だから放映するのかな? 優哉くんの突然のロケ離脱→トイレ→手を洗ったかどうか問題の勃発、というあたりがポイントな作品ではありますが、個人的にはよっつと苦しみながら作った、幽霊のおじいさんにも注目していただければと思います。ほんと一瞬しか映らないけど。

ちなみに、もじあるきはその後撮っておりませんが、いま制作メンバーは、それぞれの敷地に戻り、それぞれの制作活動をしています。なぜ終了宣言をしないのか、という話は、またあらためて書きます。できれば、またよっつとアヅマさんと集まって、Ustとかで生もじあるきやりたいです。

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2009年12月15日

日記移行のお知らせ。

ご無沙汰しています、大里です。

いままでダメ工房で日記を書いていたんですが、少し自分の中でコンテンツを整理しようということになって、それでポートフォリオサイトを開設して、日記は全部ここに書いていこうというふうに決めました。よろしくお願いします。

「もじあるき」の告知、ダメ工房員のよっつやアヅマさんの日記、また3人で行なったアクションの報告などは、引き続きここに掲載していきますので、よろしくお願いいたします。

http://www.keisukeoosato.net/blog

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2009年11月28日

もじあるき両国編 再放送のお知らせ

こんにちは、ダメ工房員の大里です。

ダメ工房で制作している、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」両国編が再放送されます。

20090320

【放映日】
12/1(火) 両国編 前編(5分)
12/2(水) 両国編 中編(5分)
12/3(木) 両国編 後編(5分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は両国で「ち」を探します。

【よもやま話】

だいたい1年前の作品を再放送ということになります。いま相撲やっているので、その関係でこういうタイミングになったんでしょうか。今まで作った中で、自分たちの中で手応えがあった作品と、反省点が目立った作品というのがあるんだけれども、両国編は良い手応えのある作品だった。

おもしろいのは、自分の評価が、必ずしも他人からの評価と同じであるわけではない、というところで、前に両国編を見た人から「性格が暗い人かと思った」と言われて思わず苦笑したりもした。どういうときに手応えを感じるのか、定義は難しいけれども、ひとつ言えることは「あの日、あの時間帯の、あの街の感じ」をうまーく詰め込めたなあと思うときなのかな。あの冬の日差しの感じ、いつもより暖かくけだるい空気感と、それに取り込まれるキャスト。そういうものが両国にはあったと思います。そしてそれはとても主観的なことなので、見る人が感じることとのギャップが発生するのかもしれない。

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2009年11月16日

インタビュー:日光について

よっつ日記と合わせてお読みください)

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_:先日、皆さんで日光に行かれたとお聞きしました。

我妻(以下・AZ):さすが情報が早いね! その通りさ!! 実にへヴィメタルな旅だったね。

_:とても充実していたようですね。何の話からお伺いしましょうか? (笑)

AZ:キミとは長い付き合いだから何でも答えるさ! 今の俺はヘビに睨まれたカエル状態だよ(笑)。それに、もし俺がヤバイことを言ったとしても、編集という神の思し召しによって魂が救済されるんだろ?! 例えば、ファ●クとか!(笑)

_:今日もテンションが高いですね(笑)。やはりそれは、日光に行ったことで磨きがかかったと受け取ってよろしいのでしょうか?

AZ:(若干の間があって)…それはYesでもありNoでもあるな。厳密には、“スペーシアに乗ったこと”でテンションが上がっているというべきだよ。

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_:スペーシアは素晴らしかったのですね?

AZ:スペーシアは素晴らしかったね。すべてが夢のようだったよ。朝から飲むビール、中途半端な景色、ビュッフェというには簡素すぎるビュッフェもどき……これらはオールドエイジを想起させる十分なパワーがあった。「今、俺はとてつもない東下りをしているんじゃないのか!」ってね。先鋭的ノスタルジーとはこのことだよ。

20091116c


_:スペーシアは、フォルムが近代的なだけにオールドエイジとは意外ですね。

AZ:興味深い考察だね。確かに設備や外観は近代的だったよ。でもそれは、旧近代といったほうが正しいかもしれない。京王プラザホテルを超高層、幕張メッセをテクノロジーと呼んだら、今の人たちはみんな笑うだろう? 「お前は何時代からやって来たんだ?」って(笑)。スペーシアもまた然りさ。でも、そういった旧近代の存在感…未来になれなかった未来とでもいうべき姿は、とても懐古的で哀愁を誘うんだ。スペーシアは、「ホテルカリフォルニア」を聴いていた頃の俺を思い出させてくれたよ。

_:なるほど。では、スペーシアに乗って行き着いた日光はどうでしたか? 先ほどの質問では少し顔を曇らせているように見えましたが。

AZ:(担当マネージャーを少し見る)話してもいいのかい? (笑)。Ok、話そう。正直いってファックだったよ。

20091116d


_:ファックだった?!

AZ:ああ。“ファック”か“ファックじゃないか”で答えたら、間違いなく“ファック”だね。

_:どのようなところがファックだったのですか?

AZ:日光東照宮だよ。あれには失望した。俺たちがレコードを出すとキッズ達が「このアルバムには失望した」とかクソみたいなことを言い出すときがある。もちろん、そんなことを言った瞬間から、俺たちはそのキッズのことをバッドアスと呼ぶようにしているけどね(笑)。冗談はさておき、失望って意味が分かったんだよ。俺たちのレコードを聞いて失望するようなことがあれば、これからは心底、謝罪するだろうね。そうはなりたくないものだが、失望の対価はとても難しい問題なんだ。

20091116e


_:具体的に東照宮のどこに失望したのですか? 差し支えなければ…

AZ:目の前にある録音用テープを止めてくれたら答えるさ。実際、これ以上思い出したくないんだよ。人生に山と谷があるように、東照宮にも山と谷があるのさ。そして、俺はその谷のタイミングの時に訪れてしまったのかもしれないな。ベストパフォーマンスの時に訪れてみた上で喋らないとフェアじゃないよ。

_:しかし今の日光は紅葉のベストシーズンです。限りなくベストパフォーマンスに近いはずだと思うのですが?

AZ:そのしつこさときたら、まるで俺のワイフだよ!(笑) 夫婦円満の秘訣は、「見ざる、聞かざる、言わざる」さ。

_:わかりました(笑)。では質問を変えましょう。反対に良かったところは? もちろんスペーシアを除いて(笑)。

AZ:(笑)。中禅寺湖だね。湖というのは静かすぎると不気味なんだ。かといって、騒がしすぎると絵にならない。中庸が大事なんだよ。中禅寺湖はそのバランスが素晴らしかったね。山の中腹にあるから、雲の流れが速く、陰影のコントラストもかわるがわるでまったく飽きなかったよ。秋めいた稜線が、雲間に隠れた薄陽によって黒く照らされていく姿は、まるで着物を着た日本人女性がお辞儀をしているかのようだったね!

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_:すばらしい体験ですね。

AZ:ありがとう。ライブで日本人は“Politeすぎる”と揶揄されるが、こういう文化あってのPoliteなんだと理解したよ。日本の紅葉はPoliteの精神に溢れているよ。

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_:ありがとうございます。華厳の滝はどうでしたか?

AZ:藤村操というパンクの伝説がいたことはもちろん知っている。子供のころは、オジー・オズボーンのコウモリ生食いや、MISAO藤村の華厳ダイブなんかをよく真似したもんだよ! でも、華厳の滝の魅せ方やサービスに関してはクエッションだね。まさに「不可解」だよ。大量の乗客がエレベーターからあふれ出てくるのを目の前にしたときは、ロメロの新作ゾンビ映画かと思ったよ。そういう意味ではスリリングな体験をしたかもしれないな。

20091116h

_:さて次に日光を訪れるのはいつ頃になりそうでしょうか?

AZ:それは“神のみぞ知る”としかいいようがないな。良いアイデアが浮かんだら、また行くつもりさ。とにかく今は、スペーシアについてのコンセプトアルバムを作ることに集中したいね。もちろん次回は、今回行くことの出来なかった場所に行くつもりさ。それに、東武日光駅前から上田まで繋がっている旧家屋や宿場町としての名残が色濃い日本ロマンチック街道はもっと掘り下げる価値があるね。いずれは全長230kmを自転車か徒歩で移動してみたいね。興味は募るばかりだよ!

_:湯葉にも挑戦したい?

AZ:まさか! プチダノンのフタをひっくり返したらくっついているような薄膜にしか見えないし、響きもyou’re boredと言われているようで、気分のいいものじゃないんだ(笑)。

20091116i


_:美味しいのに残念です(笑)。 では最後にこれから日光に行く人たちに一言お願いします。

AZ:OK。これから日光へ行く人たちへ。いつも応援ありがとう。君たちキッズが日光を楽しんでくれることを心から願っているよ。家康ファンの俺は東照宮には裏切られた思いだけど、君たちなら乗り越えることができると信じている。実は今俺は、長年の夢である旅先でのオーケストラとの共演を考えているんだ。そうなったらきっとフォンタスティックだし、君たちキッズにもより良い報告が出来るはずだから、楽しみに待っていてくれ。ニホンノミナサン、アリガトウゴザイマス!■

20091116j

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2009年11月9日

「もじあるき」高円寺編 放映日

こんにちは、ダメ工房員の大里です。

ダメ工房で制作している、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」高円寺編の放映日のお知らせです。

20090320

【放映日】
11/13(金) 高円寺編(10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は高円寺で「は」を探します。

【よもやま話】

どの街でも、その街「らしさ」とは何か、ということを考えます。当然高円寺でも、それは考えたし、スタッフの間で議論も重ねました。そこで重ねた議論は、たとえばアニメエフェクトの入れ方、編集の微妙なテンポ、音楽の選び方にも影響するし、どの道を通って、キャストになにを体験してもらうかという設定にも繋がっていきます。

今回は制作にいつもより時間を割くことができたので、こうした「らしさ」についての思考は、いつもよりずっと深いものになっていったと思います。その過程で、3つも、放送できない事項が発生するとは思いませんでした。これも、いまこうして振り返ると、この街の「らしさ」なのかなあと、思います。いろいろ書きたいことはあるのですが、それよりも音楽を聴きたい。ロケハンのときに、スピーカーから鳴っていたミュージシャンの音楽を、ここで貼付けておきたいと思います。



なお、途中で出てくるキャラクターの音声を、ダメ工房員とよんにお願いしました。とよん声優デビューの記念すべき作品です。



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2009年10月27日

「もじあるき」荻窪編 放映日

こんにちは、ダメ工房員の大里です。

ダメ工房で制作している、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」荻窪編の放映日のお知らせです。

20090320

【放映日】
11/5(木) 荻窪編(10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は荻窪で「さ」を探します。

【よもやま話】

中央線沿線は、以前からやってみたいと思いながらも、なかなか着手できなかった街でした。どの街もひとつひとつを見ると、なかなかクセ者な街ばかりで…。自由が丘、武蔵小山編では、時制を変えたり、アニメを入れる前提の撮影をして、それはそれで良かったのだけれども、やはり原点である、キャストふたりの素朴な表情というものに重点を置こうと考えました。そうすると、中央線沿線の中では地味な部類に入る荻窪という街は、「もじあるき」との相性が良いのではと思ったのです。

とりわけ、かつて多くの文学者が通ったという教会通りの雰囲気は素晴らしく、そこかしこで流れるゆったりとした空気は、巣鴨を思い出させました。この街を良さを生かすために、子ども番組には似つかわしくない「文学性」をテーマに、いつもとはまた違った編集を施しています。そのときの模様については先日よっつが書いてくれたのですが、なぜ宇宙空間でポケモン現象の心配をしていたのかは、実際にご覧になれば、ご理解いただけるかと思います。

写真はロケハンでのひととき。(クリックで拡大します)

20091027


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2009年10月19日

【アヅマ日記】ロケハン時の食堂

他人の注文した料理が運ばれてきた時ほど後悔することはない。
「なぜ俺は、彼が注文したあの料理を頼まなかったのだろう?」
他人の注文した料理が、自分の注文した料理よりも美味そうに見えるのは何故だ。
大いなる謎。
間違いなく俺はカルボナーラを食べたかった。
しかし今、彼の眼前に運ばれてきたあのハンバーグの不埒な肉汁はなんたることか。
それに引き換え自分の手元にあるカルボナーラのなんと不気味なこと。
こいつは、いつの間に俺の目の前に現れたんだ。
まるで土足で茶の間に上がりこんできたかのような不快感。
俺の舌という大事な箱入り娘を、貴様のようなどこの馬の骨か分からんようなイタリー麺風情にあずけることなどせんぞ。
俺のインシュリンを抵当にかけても、貴様からのその生クリーム的な干渉は絶対に受けつけんぞ。
早くこいつをGET OUT(ゲラゥト)してくれ。

……
もちろん、口に出せるはずがない。いつもそんなことを思いながら他人の料理を一瞥した後、黙々と自分の料理と向き合うことにしている。
あっちのハンバーグのほうが美味しそうだ。卑しい発想のなか、自分の注文した料理と向き合うのは格別だ。なんせ何の味もしない。
交感神経と副交感神経には逆らえない。“腹が減っては戦が出来ない”のなら、皆を空腹のままにさせておけば戦争のない世界が訪れるのでは。まさか。食糧戦争勃発。
食べ終わった後は、『皿と共に去りぬ』だ。
キレイさっぱり、カルボナーラのことも、誰かが頼んだハンバーグのこともオムライスのことも忘れるようにしている。あれは夢だったのだ…と。

だが、時々、現実がある。厳密にいうと、忘れられないだけだ。それは夢として忘れられないだけではなく、つまり現実として忘れられない。要するに、他人の料理が美味そうに見えないということだ。信じられない。どんな料理が運ばれてきても、他人のものは美味そうに見えるはずなのに、まったく美味そうに見えない。
それは自分の右手と左手を使って“一人ジャンケン”をして勝敗を予想することよりも容易なことなはずなのに。
稀にそんな料理にお目にかかる。一人ジャンケンよりも空虚なお店。

かつて、よっつ君が『がっかり食堂』という存在について語ってくれたことがあった。
その定義は難解すぎて、途中から何を言っているのか理解できなかったが、落第生である僕なりに解釈すると、先に述べたような店なのではないか? と個人的推測に到った。(『がっかり食堂』の定義についてはいずれ吉村先生からレクチャーがあると思うので、ここでは割愛させていただく)
もじあるきのロケハンの最中に、何回かそのようなお店の暖簾をくぐったように思う。
名前は忘れたが、飯田橋のとある食堂に入った時のことだ。
お昼時となり、我々の会話はおのずと昼食についての話題に行き着いた。ごろう君とよっつ君は、ロケハン開始前からその店と決めていたらしい。値段は安価、雰囲気はレトロ。「あそこにしよう」と、二人は僕を案内してくれた。確かに門構えからは趣が感じられ、印象も決して悪くなかった。我々三人は満場一致の常任理事国のごとく、絶対的決定権の下で入店という決議を下した。

中に入ると、あまりの狭さに閉口した。
中世の拷問器具に『アイアンメイデン』というものがあるが、この店はそれのちょっと大きいバージョンなのではないか、と思ってしまった。ご飯を食べている最中に、四方から剣山が出てきて僕たちを串刺しにするのではないだろうか。
恐怖のなか、500円の低価格セットを注文すると、厨房のビッグママから、
「ご飯は別注文です」
ということを知らされた。ご飯を注文すると700円になってしまった。なんてことはない。この店は普通の価格だった。
隣のごろう君を見ると、明らかに「失敗した」という顔をしていた。どう表現したらいいのか分からないが、プールで大量の水を飲んでしまったときにする“小さな怯え”の表情だった。小刻みに震える口で、「ご飯も…」と頼んでいたように思う。
よっつ君は、不気味な笑みを浮かべていた。何故この状況下で笑っているのか、僕は深入りするべきではないと考えることをやめたが、おそらく彼が“がっかりの匂い”を嗅ぎつけていることだけは直感した。
料理が運ばれ、口の中にペプチドを放り込んでいたとき、ごろう君は何かに溺れていた。普通、何かを食すときはモグモグという擬音であるはずだが、このときのごろう君の咀嚼音は何故かゴボゴボという反響音を奏でていた。
皆の料理が運ばれてきたときも、箸を動かしている今も、僕は美味そうに感じることが出来なかった。目の前にある自分の料理も、両隣の二人の料理も、そしてこれから食べるだろう今日の夕食…未来の料理でさえ。
一心不乱に食べ続けた。そして、よっつ君を見ないよう、見ないように…子供の頃、サンタクロースの格好に着替えている親の姿がチラッと見えたとき、僕は恐ろしくなって布団を頭からスッポリと被った。今から起こることはシアター・オブ・ドリーム。よっつくんの垂涎の的がもはや料理の味にではなく、この料理を作り出すお店にあるのは明白だったが、僕は彼のよだれを制御できなかった。怖かった。彼の目は、このいたって普通の、それどころか中の下の下の料理の中で爛々としていたのだから!!

すでにごろうくんの冒険の書は消えていたようで、生存者であった僕とよっつ君にビッグママが話しかけてきた。入店時から今に到るまで、このお店のBGMは放送大学のラジオ(情報科学だとか行動経済学だとかを、おそらくカイゼル髭を生やしているであろう人物が半永久的に講釈をたれる)という硬派ぶりであったから、ビッグママからの会話はえもいわれぬ一縷の望みのように思えた。凡庸な味付け、退屈なBGM、バッドムード。負のスパイラルを断ち切る、最適の好機が到来したのだ。
ビッグママ、推定65歳。彼女が投げかけてくる話題は、今まさに流れている放送大学の講座を反復するという絶望的な内容だった。
「臨床心理学を聞いていると、私はこういう商売をしているけど役に立つのよ。ねぇ? 臨床心理学いいわよ。ねぇ? いいわよ、ねぇ?」
といった具合でキャッチボールを求めてくる。
ビッグママはアパッチキャッチボールしか出来なかった。
よっつ君はこの日最大の悦の表情に浸っていた。彼の顔には『がっかり食堂発見』と書かれていた。
僕は、貝になりたかった。

その後、「なぜ今?」というタイミングで冷や奴がテーブルに置かれた。
サービスなのか、出し忘れていたのか、はたまたよっつ君を気に入ったからなのか。
なんにせよ、そろそろ食べ終わりそうな頃合いに冷や奴が出された。
まるで、「冷や奴は食前ですか? 食後ですか? はい、食後ですね」的なやりとりが行われていたかのように。あまりに見事で的外れなタイミング。何百万年も前から、DNAに豆腐を出すタイミングがインプットされていたかのように、それは超然的に高踏的に差し出された。
ぼんやりと豆腐を口に運ぶとき、ビッグママはIT技術についてよっつ君とアパッチキャッチボールをしていた。記憶の白波に運ばれているのか、遠ざけられているのか。
その区別はつかなかったが、確かなのはこれは現実であり忘れられないということだ。
おふくろの味は忘れられないらしい。だとしたら、この味/記憶は一体どう説明したらいいのだろう。これを悪夢といわずして、なんと言えばいいのだろう。

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2009年9月30日

【アヅマ日記】本当のスポーツ『SASUKE』

また SASUKE の季節がやってきた。

SASUKE をTVで見ていると、一大叙事詩を読んでいるかのような気持ちになる。裏番組が軒並み流行の「クイズ番組」を放送しているなか、SASUKE だけは、何かに取り憑かれたかのように鉄の塊に挑む参加者を黙々と映し出していた。おそろしく痛快な映像だった。

開高健は、「寓話とは諸性格の最大公約数を抽出してきて異種の典型に発展させる作業である」と語っている。SASUKE を見ていると、あらゆる背景があらゆる物語として透けてみえてくる。SASUKEに出場して好成績を残す人の多くは、都会暮らしではなく地方暮らし、もっといえば田舎暮らしの人たちです。村役場とか、田舎の消防士とか、船長とか、宅配業とか…そういった人たちがSASUKE では素晴らしい成績と印象を残している。競技の合間に流れる、彼らの日常の映像を見ていると痛感します。

都会は山ほど娯楽の選択肢があります。しかし、地方になればなるほど娯楽の数は少なくなっていきます。そこにあるのは、草臥れたスナックやキャバレーの類。華やかさとは無縁の風俗産業や、デパートというには背伸びをしすぎているかのような商業施設の類。結婚をした者は、子育てという楽しみが増えるはずです。地方暮らしの人たちは、都会よりも娯楽というものに対して純粋だし、娯楽への浸透性(中和性)も自然的であるような気がします。

若いときは、そういった環境下でもいくらでも遊びようがあったのかもしれません。でも、人間って30歳くらいを境に色々なことを戒めなければならない時がくるものです。地方では尚更のことではないでしょうか。そんななか、習慣だとかトレーニングなど無意識に続いてしまう(続けなければならない)マッスル・カリキュラムのある人たちがいる。生活のためか、はたまた何のためか、明瞭な答えはないだろう。

筋肉に“その日、その日”をインプットさせ続ける日々。自衛隊の人は、有事が起きたときか? 消防隊の人は、火災が起きたときか? 願わくば、起こらないほうがいいにきまっている。続けているもののアウトプットの場がない。そんな時、たまたまテレビに映った「SASUKE 」を目撃して、彼らは覚醒するのだと思う。

この覚醒の瞬間は想像するに(と言っても都会育ちの僕が言ってもあまり説得力はないが)、彼らにとって「ロマン」や「奇跡」そのものなのではないのだろうか。適当にスナックとか行って飲んだりとか、子供をあやしていたりしていた“体力のアウトプットを喪失した”人に「ファティマの奇蹟」が訪れる。

SASUKE とは、単なる人間ドラマや体力自慢ではないのです。現代における“一揆”であり、地方から都会への回答であり、士農工商の大決壊。彼らの力こぶの中には、乳酸のほかに社会性をも孕んでいると思うのです。全てが無に戻る、人間の躍動・原点がSASUKE にはあるのです。

SASUKE の熱にうかされた参加者たちを見ていると、ギリシャ悲劇の世界観にも似た生き様が描かれているかのようです。時に喜劇だが、SASUKE の大部分は悲劇以外のなにものでもないです。山田勝己の苦しみはSASUKE におけるプロメテウス、弱視で頂点を極めた秋山さんなんてSASUKE におけるオイディプス王。SASUKE オールスターズの結託は、いよいよテーバイ攻めの七将みたいな起伏を生み出してきた。常連軍団に憧れる新参の若者は、仕事を放棄してSASUKE のために体を鍛えるナルキッソスであり、世代交代の構図はアポロとディオニュソスの対比のよう。彼らの活躍を見ていると、あらゆる物語と交錯します。

長野誠船長は、ジャンボ鶴田以来の怪物であり天才。SASUKE にのめり込むあまり仕事をリストラされ、家族からも「もう辞めて」と言われたにもかかわらず、「俺には…、SASUKE しかないんですよ」(自分の職業はSASUKE です)とわけのわからないことを言い放った山田勝己は道化であると同時に英雄。爆笑と涙が止まりません。森光子にかわって『放浪記』の主演を演じれるのは、性別が変わってしまうけど山田勝己しかいないのではないでしょうか?!

戦前・戦中時代のスポーツは、政治(帝国主義)の広告・道具として担がれていました。戦後は、お金を生み出す広告塔としていいように使われます。いつしかメジャースポーツの大半は、利権まみれになってしまい、見ていて心から清々しさを感じるものが本当に少なくなってしまったと、僕なぞは思います。ですが、SASUKE の素人参加者を見ていると、そういったものをまったく感じません。

マラソンの由来は、かつてギリシャとペルシア間で行われたマラトンの戦いから来ています。ギリシャ(アテナイ)軍は、劣勢であったものの見事勝利し、その喜びを伝えるため、1人の傷だらけ兵士が伝令となり、マラトンからアテネの城門までなんとか駆け抜けたといいます。その距離が、約40キロ。マラソンの由来を見ても解るとおり、スポーツとは、真に肉体との対話であり、栄光なるものなのです。ですから、このときばかりは僕は、ほとんど点けないテレビを点け、まったく見なくなったテレビ欄をチェックします。彼ら、特にオールスターズの勇姿を見逃すわけにはいかないからです。

SASUKE オールスターズの面々は、黒澤の『七人の侍』の菊千代のような加速感と危急感があります。兵農を分離できていない感覚が素晴らしいのです。一領具足的な生き様です。ただ生きているだけなのに、ずば抜けた表現力と人間的奥行きが垣間見えてきます。テオ・アンゲロプロスに勝るとも劣らない現代史、それがSASUKE です。しかも、こっちは眠くなりません。まことに驚くべきドキュメント番組なのです。

嗚呼、次の放送が待ち遠しい…。

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