2010年3月1日

冥途

「萌え」という単語がどれ位前に生まれたかは知らないが、少なくとも10年前にはもうあったと記憶しているよっつです。おはようございます。
では老舗と言われるメイド喫茶もオープンから6年、というのが意外に最近に感じるのは僕だけだろうか? ブームは過ぎ去って落ち着いていると思っていたから驚いた。

つい最近、メイド喫茶を数軒はしごした。僕の事を知っている人は、いかに僕がメイド喫茶に似合わぬ男かわかってもらえていると思うが、勿論初体験だ。ロケハンで行ったのだが、そういう機会が無ければこの先も入る事は無かっただろう。
以下、それぞれのお店の印象を備忘録として。


●1軒目 ミア・カフェ
多分、元は普通の喫茶店であったところを居抜きでそのまま使っている感じで、ウェイトレスがメイドである事以外は普通の雰囲気。
実地見聞という事で、オムライスを注文してケチャップをかけてもらう。
何を書いてもらえるかはリクエストに応じる、との事だったので、「マヨネーズ」と書いてもらった。
同席した監督曰く「あり得ない」リクエストだったらしい。逆に普通は何と書いてもらうのかが気になる。
この後もう2軒回ったが、女の子のレベルは一番高かった。

●2軒目 ぴなふぉあ2号店
苦笑してしまう体育会的なノリという意味で、雰囲気的に牛角っぽい。だがその分一般的に「入門編」として適した店であるように感じる。個人的にはクラスの面白くない人気者が仕切っている学園祭の出店のような感じのため、居心地はそんなに良くなかった。
注文したメニューに、メイドさんと一緒に呪文を唱えるシステムがあり、「声が出てなかったらやり直し」というのも辛い人には辛いだろう。だが、試しに明らかな不快感を顔に出していたら、その呪文をいくらか簡単にしてくれるというところも現実的。
ドラマの「電車男」のロケ地に使われたというのも納得。つまりあくまでライトな感じで、色々と都合が良さそう。
因みに唱えた呪文は、
「おいしくな~れ(手でハートを作って)、萌え萌え、イケメンビーム」
(男装メイドさんによるもの)
「(メイドさんが早口言葉を言った後、皆で)おいしくな~れ」
(サークルの部長みたいなメイドさんがハードルを下げてくれた呪文)

●3軒目 ディア・ステージ
3階建てで、1階には特設ライブステージがあり、メイドさんや地下アイドルのライブが定期的に行われているため、「オタ芸」鑑賞目的で訪問。
待ち時間の間に時間を潰そうと思ったものの、2階のメイド喫茶は満席で、3階のメイドバーに行く。
とは言ってもメイド服を着た女の子はひとりも居らず、「2ショットチェキ」等の独自メニュー以外は普通のバーと大差無い印象。
ライブで初めて観たオタ芸は、意外にもオイパンクの延長線上のような感じで、アイドルライブっぽい点は皆が振り付けを覚えているところくらい。あとは精神的にも物理的にも距離が近いせいか、カラオケボックスで飛び交う合いの手みたいなコール&レスポンスが行われていた。

●総括
メイドさんのサービスを自然体で受け入れている客はひとりも居なかった。皆どこか照れ臭そうで、逆に目が座って役柄に没入しているメイドさん(特に1軒目)の方が個人的には好印象。
余談だが、メイドさんの個人ブログにはたまに真の狂気が潜んでるようなブログがあって動悸が激しくなる。
最近見付けた、かの名高きリトル・ペブル同宿会信徒さんのブログに通じるヤバさを感じる事がある。


メイド喫茶そのものの印象は、可愛いメイドさんが居れば眼福なんだとは思うが、何より喫茶店で何かにつけて話し、話しかけられるのはうざったくてしょうがない。
アメリカのダイナーみたいなものだと思えば良いのかも知れないが、それだとメニューが高過ぎる。
結局キャバクラみたいなもの、という印象に留まり、自発的にはこの先も行く事は無いだろうと感じた。


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2010年2月17日

跳躍7次元

よっつです、こんばんは。


●被写体の輪郭のエッジがぎざぎざにならないよう、鏡に映して撮影する。
●ブラックミスト等、各種フィルターを使って光を散らす。
●カメラの前にガラスを1枚用意し、ピントを合わせたいもの以外が映り込む範囲にワセリンを塗って劇的なフォーカスを生み出す。
●暗部を引き締めるために銀粉を塗した黒いスクリーンに撮影素材を投射したものをさらに撮影する。


以上はデジタルビデオで如何にフィルム撮影的な画を得るか、という目的で、金の無い学生時代に見知ったひと工夫の数々だが、慎ましい努力を無にするどえらい奴が現れてしまった。


Canon EOS 7D



このデジタル一眼レフカメラにはおまけ機能でHDで動画の撮れる機能が付いているのだが…。
噂には聞いていたがとんでもない代物だ。
おまけの域を超えている。
最近のお仕事でよく触らせてもらっているので、先日行ったカメテスの画像を載せてみますが…。



どうですかこの後ろのボケ具合。怖ろしい事に被写体のづけしからの距離は2mも離れてないのです。









因みにこの画像は興奮の余り加工した画像で、特に意味はありません。

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2010年2月2日

ゆきゆきて

どうも、よっつです。 

最近は割と大きな仕事でばたばたしているのだが、1日が運良くスポッと空いたので、ピーター・ジャクソンの新作「ラブリー・ボーン」を見に行った。
なので順当に行けば映画の感想日記になるはずだが、今日は多分そうならない。

本当は吉祥寺にでも観に行きたかったのだが、雨のせいで渋々新宿へ観に行った。指定席の映画館はあまり好きじゃないのだが、映画の日だから仕方無いか、と自分を納得させた。

映画はペンギンの人形が入ったスノードームにまつわるエピソードから始まり、以後キーアイテムのひとつとして使われていた。
ピーター・ジャクソンらしい幼女殺人鬼の執拗な描写に感心しながら、殺された主人公が死後しばらく、現世と天国の狭間で思い通りの世界で遊んでいるシーンは「俺の作りたかった春のシオンはこういう感じなんだよ!」と悔しい思いをする。
ピーター・ジャクソンはスプラッター界の神であるが、イコールそれはファンタジーの鬼であるという事が、一連のシーンを観れば納得いくはずだ。
ストーリーの進行は、多分この作品は主人公と同じ14歳の少女向けなため仕方無いとはいえ、幼女殺人鬼の最期が天罰チックなのが腑に落ちなかったが、デレクばりの崖からのダイブを決めるので良しとしよう。

そんなこんなで劇場から出ると、雨は雪に変わっていた。




南国生まれだからか僕は雪を見ると無条件に嬉しい人間で、意味も無く新宿近辺をぶらつく事にした。
「タイムズスクエア辺りえらい事になってる気がする」
根拠も無くそう思い、自分はスノードームの中で満たされた生活を送っているペンギンなのだと思いながら街を歩く。

雪はしっかりした結晶になったり、シャーベットみたいになったりしながら降り続く。極小サイズのレフ板になって新宿の明かりを空気に跳ね返し、いつもはやかましいネオンや看板をやわらかい霞に隠す。

新宿駅南口に着くと、案の定タイムズスクエアの遠近感は雪に狂わされれていて、工事現場の向こう側に本物のタイムズスクエアがあるみたいになっている。時計は青白い、朧ろ気な光で、現在時刻はよくわからない。



家に帰ると、近くの駐車場にはもふもふと雪が積もっていて、写真を撮った後踏んで回った。



そういうわけで、もう良い歳なのににやつきながら夜の街をほっつき回っているうちに、映画の事は頭から飛んで行きました。



「岬には岬の掟雪積もる」―。
(どんな町や村にもある種の掟のようなものがあり、人々は普段それに従って生活しているが、ある日雪が全てを白く塗り潰して、どんな掟も消え去ってしまった)

これは祖父が読んだ句の一首で大好きなもののひとつだが、雪に過剰な魔力を感じるのは血のせいか、土地柄なのか。
多分東北の人とかは定例行事どころか逆に災害として受け止めるだろうからまた違うと思うけど。しかしご当地の災害で言うと台風ですら、死者を尻目にちょっとはしゃいでしまう事は否定できないからやっぱり血なのかねえ。

そんな事を考えながら、明日には欠片も残ってないであろう雪を踏み付け、キシキシと悲鳴を上げさせていた。

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2010年1月25日

花や四季

初夢はどうだった?」
という話題は、正月が明ける位までの新年の挨拶後に切り出される話題ランキングで絶対に首位を奪う事は無いものの、さりとて30位を切る事は無さそうな気がするよっつです、こんばんは。

ただし夢の内容を覚えているなんて事は余程印象深い夢を見ないとあり得ないし、そもそも夢は覚えている、いないに関わらず毎日見るものだという話もある。
もしも厳密に31日深夜~1日早朝に見た夢が初夢である、と定義されるならば、その内容が悪夢で、しかも記憶に残らなかった場合、誰かに話して夢が叶わないように仕向ける事ができなくて嫌なので、僕は毎年初めて印象に残った夢が初夢であると勝手に定めている。
因みに僕の今年の初夢は、午後6時を過ぎるとカニバリズムに目覚めてしまうロンドンブーツ淳の住処である地下迷宮から、スーパーのレシートの裏に書かれたメッセージを頼りに脱出を図る、という夢だった。話すまでも無く叶わないだろう。


「では、誕生日の記念に何でも好きな夢を叶えてあげましょう」
との妖精の囁きに乗って、生まれて初めて浅草の花やしきへ行く事にした。



浅草といえば、昨年までやっていた「もじあるき」の初ロケを敢行した場所であり、メジャーな仲見世通り~伝法院通りは飽きる程歩いていたので、「朝の番組に似つかわしくない雰囲気」という理由でロケを見送った浅草六区で腹ごしらえをする事にした。

ぶらぶら歩いて、フィーリングに任せて入った飲み屋の牛めしが大ヒット。量が少々物足りないが、よく煮込んである牛肉と、見た目大根・食感強いて言うなら蒟蒻、の謎素材が最高に美味い。



テレビでは丁度競馬中継をやっていて、僕ら以外の客は皆競馬新聞片手のダーティ・オールドメンで、最高に場違いだったのだが、最近競馬に興味を持って競馬場に行った話をしていると、隣の客が少し目を見開いてこっちを向き、「若いの、競馬に興味があるのかい?」という表情で振り向いた。気をよくしてくれたのか、騎手の誰かの話を聞こえよがしな独り言で口に出していたが、申し訳無い事に僕らはそこまでの知識はまだ無かった。
だがまあ、幸先良いスタートである。

花やしきに着いてみると、沢山のコスプレイヤー達があちらこちらでポーズを決めて写真を撮っている。どうも今日はそういったイベントが園内で開催されているらしい。しかしジェットコースターに並んでいるルフィは妙だ。普段もっとスリリングな体験を、海賊王を目指す過程で経ているだろうに。
だが、周りの一般客の人達も別段関心を示さないところを見ると、コスプレというものが相当な市民権を得てるんだなあと実感する。

そんな感じで、花やしき名物の一般家屋を突っ切るジェットコースターや、打ち上げ式のアトラクションを順当に制覇した後、やはり場所柄ノスタルジックな気分になってしまい、昔懐かしのびっくりハウス、ホラー風味のコースターライド、そしてリトルスターという回転する星型の装置を堪能した。
特に個人的に子供の頃から大好きなびっくりハウスでは、ちょっとはしゃぎ過ぎてしまい、対面に座っていたコスプレイヤーカップルの「それ程でもない」という印象を覆す程はしゃぎ過ぎてしまい、カップルに「座る位置が悪かった=僕の座っていた側で体験すれば僕の様な恍惚感を味わえるに違いない」という勘違いを生じさせてしまい、「もう1回あっち(僕が座っていた側)で乗ってみようぜ」なんて話をして列に並び直していた。悪い事をした。

その後ゲームコーナーへ行き、弓射ちという珍しいものがあったので体験。





結果は3本中2本、俵の的に刺さったものの、得点になった(黒い箇所に刺さった)のは内1本で、竹とんぼをもらって帰った。




明日からは今年1発目の大きな仕事が始まる。
今年2発目以降をものにするためにも、気を引き締めないとというところだ。

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2010年1月5日

青い肌の乙女

よっつ2010ですこんばんは。

「亜麻色の髪の乙女」って曲が大好きで、カラオケで女の子に歌われるとイチコロ率8割を超える位好きなんだが、そんな話は関係無く、「アバター」を正月観に行ったお話。
「昨今主流になりつつある3D上映の本命であるこの作品を観て3D元年を迎えよう」と言う友人・翔太の呼びかけで友達と府中に集まり、鑑賞した。


結論から言うと、最後に観た3D映画が「スパイキッズ3D」という事を差し引いても、やはりこの技術力は凄まじい。もう3Dである事が当たり前の世界という事が一番凄い。
だが、思いもよらない辛さを感じる箇所がひとつあった。
特に最初の1時間にそれを強く感じていたのだが、「キャメロンの遠近感を強いられる」という点が非常に辛かった。

僕は映画において、24コマ信望者である。何故そうかと言われれば、不足したコマ、つまり情報は観る人が想像する最良の1コマで補えるからである。
別にコマ数の問題ではない。アニメなら最低15コマな上に、デフォルメという形で余計な情報が削がれている。
こういったフォーマットの話でなくても、例えば物語の構成ならば、尺の中で映画は登場人物達の時間を自由に切り貼りし、全ての時間を提示するわけではない。「シェーンが馬に乗って去った後、忘れ物を取りに帰って来たら」興醒めだし、その仮定は「馬で去る瞬間」を最後にする事で存在を消されている。

こういった諸々の要素で映画は成り立っているわけだが、最近になって初めて現れたこの3D、奥行きという要素を高い技術力で追求するとどうなるのか。
それが僕の感じた、今までとはまた別の「不気味の谷」ではないかと思うのだ。
よしんばキャメロンが主観を徹底的に排した、数学的な画面設計をしていたとしても、デジタル放送の女優の小皺の様にそれは浮かび上がってくる。
おそらく誰もがこの技術を意のままに扱えたとして、同じ風景を描いたとしても、そこには描いた人の数だけの別の世界が広がる事になる。

勿論それは当たり前の話で、アニメなら「絵柄が気に喰わない」、映画なら「物語が気に喰わない」等、ありふれた出来事だ。「センスが良い/悪い」という評価の真の意味は「センスが合わない」という事実と同じだ。

そして以上の僕の3D描写に関する評価も主観に塗れたものであり、僕は変な趣味と言われる事も多いし、大多数の人にとっては問題無いものだと思う。巷のアバター評を見ても技術に対しての評価が多いのも自然な事だと思う位、やはりこの技術は凄い。
映画の日で1300円で観たのだが、技術だけで1000円の価値はある。
まあ逆に物語は300円というか、「ポカホンタス」と「攻殻機動隊」と宮崎アニメをミックスして、911テロ以降のハリウッド映画の例に漏れず、女遊びしまくった演歌歌手が女の気持ちを歌い上げるみたいに自らの侵略の歴史をなぞる感じで、驚きは特に無い。
「もう僕はずっとmixiにログインし続けて人間辞めます」みたいなラストが新鮮と言えば新鮮だが、あの自分勝手な主人公にはそれ位の落とし前は着けてもらわねばむかつくだけだったし、まあ、技術だけでこれだけ腹一杯なので、物語まで斬新過ぎると正直ついて行けなかっただろうから丁度良いんだと思う。



さて、ここまで多少ネガティブな感想を書いたが、つまり、ここまで考えを至らせる3D映像は今まで無かったという事が言いたかったのであり、そういう意味ではこれは映画じゃない気がする。強いて言うなら万博のアトラクションというか、それでもアトラクションよりは一歩先に進んでいるのだが。

あるいは「発明」なんだろうか。
多分映画が発明された時、こんな感じだったんだろうなあという体験をさせてくれる映画、だからこそ映画ではないというか、もう「アバター」の中に映画が含まれているという感じだ。
大げさかも知れないが、これを観て人生変わる人は居る気がする。
この先こういった方式が主流になったとしたら、確実に「今までの映画には戻れない」という作品が現れるだろう。それを作るのはこの「アバター」を観て影響された作家かも知れないし、3Dを見慣れた観客が自分の解釈の中で作り出すのかも知れない。
それを引き起こすパイオニアになるであろうキャメロンは、それがウィリアム・キャッスルみたいな位置に過ぎなかったとしても、映画史に名を残すのは決まったようなものだ。
最初に書いたように「3Dが当たり前になる」時代の、その歴史の始まりを目撃したいなら、必見。
そして明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。



(以下、これから観に行く方への小ネタ)

・僕らが行った劇場の3D映写の方式は「XpanD」という方式らしく、3D映写は安定している(首の角度等に影響されない)ものの輝度が著しく下がる方式らしいので、こだわる方は劇場に問い合わせるなり調べるなりした方が無難です。

・「XpanD」方式では、眼鏡の眉間に3D描写に関する信号を受け取るレンズが付いており、眼鏡の位置を直す時にそこを塞ぐとスクリーンに映写されたままの映像(ぶれた映像)になってしまうのでご注意。

・技術の限界で仕方無いとは思いますが、例えば飛び散る火の粉が立体的に飛び出して見える箇所も、スクリーンの端で唐突に消えてしまい、それを見ると箱庭感が凄くて興醒めなので、できる事なら視界がスクリーンで埋まる様な席がベストと思います。

・あと一緒に観た友達の間で持ち上がった話では、「シガニー・ウィーバーのワカメ酒」的なシーンで「ハリウッドの厳しい契約事項」という嫌なリアリティが飛び出して来るとの事だったので、ご注意下さい。

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2009年12月31日

タイとガーの区別もつかない

今年は今まで生きてきた中で体験した事の無い痛みを2度味わった。

ひとつめは、かつて無い頭痛だ。それは高山病に起因する。
夏に富士登山を敢行した結果、8合目辺りから立っていられない程の頭痛が襲ってきた。

もうひとつはつい最近、歯が痛かったので最寄の歯医者に行ったのだが、治療をすればする程痛みが増し、眠れない夜を幾晩か過ごした。
結局他の歯医者へ行ってみると、見当違いの歯を治療していた事が発覚―要は最初の歯医者が藪だったのだが、奥歯を1本抜かれ、その奥歯は今僕の部屋で崩れたラピュタみたいに飾られている。

年内に3度目の痛みが来ませんようにと願いながら今、残り数時間になった今年の内にそれは来ないようなので安心している。

抜歯したせいで余儀無くされていた禁酒も、さっき年越し蕎麦を食べた時に解禁した。
幸い痛み等はまだ起こっていない。


仕事に関して言えば、ほぼ「もじあるき」の制作に没頭していた1年だった。
少ないながらもDVD化を望む声も聞こえてきたし、単に好き勝手やってるだけじゃなかったんだなと、良かれと思ってかけた迷惑もある程度実を結んでくれたのかなと、手前味噌ではあるが、そんな印象を持っている。
年末行われたポンキッキの打ち上げでは、スタジオで顔馴染みの無い僕らスタッフを気遣ってくれたのか、「もじあるき」に触れてくれたチェルシーと優哉君の2人の挨拶が嬉しかった。


(私信)
チェルシーからもらったムックのクッション、この赤野郎、お前は抜け毛が酷いな。


「もじあるき」が一段落着いた頃、一緒に演出していたごろうさんと2人で飲んでいた時にした話は印象深く残っている。
おそらくそれまでの仕事の関係上、個人で全てを統括する事が可能な立場に居る事が多かったであろうごろうさんと、映像制作という良くも悪くも共同作業せざるを得ない業界に比較的長く居る僕。その2つの真反対な視点が在る共同制作で僕は、センスの合う人との分業の威力の大きさを実感した。個人で何処までできるかという事の大事さを痛感した。
そういう意味では丸儲けな、この先当分は無いであろう良い仕事だったが、解る人にしか解らない例えで申し訳無いが、「まじかる☆タルるートくん」の江戸城本丸と原子力の心の交流の様な事態になってしまった事も事実だ。そしてごろうさんにとっては心労の大きい部分もあった仕事であっただろう。迷惑をかけたと思っている。なぜなら比較的そんな仕事に慣れている僕ですら「しばらくひとりになりたい」状態をその後迎えたからだ。自分の持っていないものを1年間まざまざと見せ続けられて無力感を蓄積していたからだ。

その後のアメリカ旅行で、グランドキャニオン、モニュメントバレー、ホワイトサンズ等、人気の無い場所を目的地に選んだ事、あまつさえ交通手段はレンタカーメインという選択は、それが大きく影響していたと思う。物理的な孤独を求めたが故のという意味でだ。
ただ、それを上回る覚醒感を旅行で得てしまい、正直に言えば先に書いた様なもやもやは「どうだって良いや」という状態になってしまった。なり過ぎて「この先何でもできるわい」という全能感を、さらにそれが進行すると「…じゃあ何すれば良いんだろう」という焦燥感に変わった。今も少し続いているが、携帯電話を盗まれるというおまけもついて何だかリセットボタンを押された感じだ。


(私信)
そういうわけで友人の皆様へ、携帯と一緒に住所録の大半を失ったのと、年内に暇が無かったため、年賀状は間に合いません。


話は変わって、僕は第一印象というものに頓着しない人間だという事に気付いた。初対面の人との出会いは、その人の印象よりもその場の状況とか、出来事で覚えがちな人間だと気付いた。
故に僕はなかなか人の名前を覚える事ができない。
しかし今年関わった人の名前については、ある程度はっきり覚えている。
それだけ充実した年だったのだと思う。

来年は人の名前を覚える努力をしたい。

あとは小規模で良いから何か作りたい。
実際こんな気分は久しぶりだ。
ここ2、3年、ある程度意識して「もう自主制作はやらん」と自分に発破をかけていて、それが昨年の商業映画に繋がったとは思うのだが、そのモードも解きたくなっている。


とりとめない文章になってしまった。
残り僅かとなりましたが、皆さん良いお年を。

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2009年12月18日

日記:但し洋書の方

よっつは言う(洋書風に)。

元々人と比べてそこまで本を読む人間ではなかったが、それにしても最近読書らしい読書をしていない、と思ったのが今年の6月位。

何故読書しなくなったんだろうと考え、本棚を見てみると、僕にはチャック・パラニュークという贔屓のアメリカ人作家が居て、彼はここ何年か1年に1冊は新作を発表しており、事実、先日のアメリカ旅行では最新作が平積みになってる光景を見たりしたのだが、日本では5作目の「ララバイ」以降、どうも売れないらしく、発刊が途絶えてしまっているからだった。

解り易く言うと、映画「ファイト・クラブ」の原作者である。

そこでアメリカでは2002年に発刊された、彼の6作目に当たる「Diary」の原書を買い、読む事にした。

diary2 Diary:A Novel (著)Chuck Palahniuk


そうして今日まで空いた時間を見付けては辞書を引き、ウィキペディアで検索し、全体の大体1/3位まで読み進めてきた。そしてやはり、抜群に面白い。



とはいえ、先ず思ったのは「訳者さんは大変だなあ」という事だ。パラニュークに限って言えば、元々彼はかなり癖のある文体で、極端な場合文章と言うより最早散文詩みたいになる人なのだが、そのリズムを優先して訳していると日本語的にはわけの解らない文章になってしまう。とは言え通じる日本語に直すとどうしてもリズムを損なう箇所もあり。
日本で刊行されている彼の作品を、今のところ全作翻訳している池田真紀子氏には尊敬を覚える。良い意味で原文が透けて見えると言うか、実に原書の印象を損なわない、見事な訳を毎作こなされていたからだ。

そしてパラニュークの持ち味である、作中に登場する各分野の専門的なディティールについて。
この作品の原書に挑戦した数少ない彼のファンが断念してしまう大きな理由は、おそらく原作中の2日目以降に現れる美術解剖学を駆使した描写だ。辞書には載っていない、専門書を読まないと解らない、下手すれば日本語には訳されてない筋肉の名称がばんばん出てくる。
僕も美大出身ではあるが、美術解剖学の単位は落としたし、実はそれでしばらく放置してしまった。

そう、今作の主人公は元美大生なのである。設定だけ紹介すると、元美大生の主人公・ミスティが、自殺未遂による昏睡状態に陥った夫・ピーターの目覚めに備えて、義母の勧めで書き始めた日記、という体裁をとっている。
但し、あくまで体裁がそうなだけで、構成に特に影響を及ぼしているわけではない。2作目「サバイバー」みたいな、章立ての演出と思って差し支え無いだろう(「サバイバー」は46章から始まって1章で終わり、ページ数も多い方から逆にふられている)。

そんなわけで、彼の特徴のひとつ「即物的な性格/情景描写」のモチーフとして、先ず美術解剖学が出てくるわけだ。
例えば「眉をひそめる」という描写は、「皺眉筋が両の眉毛を持ち上げ、鼻梁の上まで引っ張る」となる。
意識して自分の筋肉を動かすと、本当に眉をひそめる事になるから驚きだ。
過去作で「その場に合った表情を演出する脳内カメラマン」、「ハウスキーピングの豆知識」、「医大生による超ネガティブな顔色の窺い方」等様々なモチーフを取り上げてきた彼だが、今回はいよいよ人間の表情や仕草に直接関係する「解剖学」を持って来てしまった。これだけでファンとしては期待は高まるものだ。

別のモチーフとしては、「裏美術史」とでも言えば良いだろうか。
例えば極度の乱視故の狂ったデッサンが受けて名を成したエル・グレコとか、鞭打ちの刑を受ける殉教者として絵の中に自分を登場させる程の鬱病だったミケランジェロ等、知らなきゃ良かったと思う様な、偉大な芸術家の黒いトリビアが満載になっている。

つまり、表皮の裏側の筋肉にしろ、裏美術史にしろ、彼の作品の一貫したテーマである、「何かの裏側に潜むもの」が、今作にも貫かれているわけだ。

他にも「テディベアに綿の代わりに犬の糞を詰め込んだ作品を制作したあの娘は、今は農場で平凡だけど幸せな生活を送っている」等の「美大生あるある」や、夫の職業に因んだ「建築業界のおまじない」等、興味深いモチーフと、そこから派生するイメージが洪水の様に押し寄せてくる。

現在僕が読み進めているところは、多分起承転結の「承」の中盤戦といったところだろうか。しかし彼の作品は大体が「起転転結」といった具合なので、先が気になって仕方無い。
順当に行けばこの「何かの裏側に潜むもの」に対して、「中身と見た目が一致したもの」を求める主人公の奮闘が描かれるのが、パラニューク初期の傑作「サバイバー」までのひとつのパターンではある。
しかし4作目「チョーク!」から次第に雲色が変わり、そして自他共に認める中期の傑作である5作目「ララバイ」では、また違ったドラマが展開され始めたため、続くこの「Diary」が、この先どう転がっていくのかは予断を許さない状況だ。

また、今のところ僕のツボに入った作中のアイデアとしては、「生い立ちや価値観、習慣に縛られ、自然と行動が制限されている状態は、昏睡状態と何が違うのか」というものが挙げられる。このアイデアを、作中、主人公は実際の昏睡状態に対して「パーソナル・コーマ」と名付け、要所要所で引き合いに出している。
これは個人的には、彼の処女作「インヴィジブル・モンスターズ」に出てきた「究極の自傷行為とは本人が望まないままに行う性転換である」というアイデアに匹敵している。


まあ、まだ読み終わってないうえに、こうして長々書いてきて何だと思われるだろうが、要はパラニューク読まなきゃ損でっせ、と言いたいわけだ。
ただ、どうも全て絶版になっているらしく、去年の「チョーク!」映画化に合わせて復刊、上手くすれば未訳作が刊行されたりしないかなあと思っていたが、映画の日本公開予定も聞かないし、amazonなんかで中古を探すのが一番手っ取り早い現状が残念でならない。
日本にどれだけ居るか知らないが、パラニュークファンには辛い日々が、もう何年も続いている。

ただ、映画化と言えばパラニューク作品の映画化権は今のところ全て買い手がついていて、そこでストップしたまま消えていく作品は無数にあるとは言え、希望が無い事も無い。
しかし、僕が一番映画化して欲しい「サバイバー」は、冒頭の(とはいえ46章だが)「墜落しつつある、主人公がハイジャックした飛行機の中で、フライトレコーダーに自分の半生を吹き込む」という部分が911テロにクリティカルヒットで、脚本執筆段階には入っているものの、長らく制作延期中。
「インヴィジブル・モンスターズ」なんて主人公は銃弾に顎を吹き飛ばされたモデルという、主人公そのものが18禁になりそうな設定だし、どう映画化するんだろうか(ジェニファー・ロペス主演の噂も流れてはいたが、依然開発中)。



話がちょっと逸れてしまったが、何はともあれ、久々に読書に熱中している今日この頃。加えて、「英語を翻訳する」という行為自体にも面白味を感じている状況なので、それについてもまた書くかも知れない。

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2009年12月1日

第9地区

よっつです。

アメリカ・メキシコ旅行記は後に回すとして、これは書いておかねばという凄い映画を帰りの飛行機で見たので記録。

日本では2010年春公開予定の「district 9」である。

拙い英語能力で見たので、詳細は間違っていると思うが以下感想。
観に行こうと思っている方はネタバレがあるので注意。絶対前知識無しで観た方が良いと思いますので。

district9poster1

舞台は昆虫型の異星人が不時着した南アフリカ。そして時代はそのエイリアン難民がある程度人類社会に根付いた頃となる。エイリアン達は第9地区と呼ばれる難民キャンプに押し込められ、空にはパイロットを失ったエイリアンの母船が浮かび、街の商店等には「エイリアン禁止」の張り紙が張られていたり、逆にエイリアン差別を撤廃するようデモが行われていたり、そういう世界。
そして主人公はそのエイリアン難民に対応するMNUという組織の職員である男。彼にTVクルーが密着取材する形で物語は始まるのだが、何らかの書類記入を求めエイリアン宅を一軒一軒回っていた際に起こった事故により、男の身体は徐々にエイリアンの姿に変化して行く。症状が発現してからは組織には実験台として扱われ、狂信的な地元ギャング団にはカニバリズムの的とされ、行き場を失った男は、元の姿に戻るため、地球人に隠れて母船に戻る方法を模索しているエイリアン家族のテクノロジーを頼り接触を図るのだが…という展開。



今まで宇宙人が出てくる映画は沢山あったが、「地球(人)に何も用は無い」という宇宙人は初めてではなかろうか?
彼らはあくまで母船に戻りたがっている難民であり、肩身の狭い生活をせざるを得ず、そのため仕方無く地元ギャング団と大好きなキャットフードを目的に自分達のテクノロジーを横流ししたり、騙されたり、これだけ下手に出てくる宇宙人は見た事が無い。強いて言うなら「エイリアン・ネイション」位だろうか。
たまに意思の疎通が上手くいかなかったり、体力差のせいで人間を殺しちゃうけど、ご愛嬌。

「ご愛嬌で済ますなよ」と言われそうだが、これは僕が特殊な環境で観た事に起因するだろう。
まだ日本語翻訳されていない映画のため、劇中、主人公の流暢な英語には勿論字幕が付かず、逆にネイティブでも聞き取り難いエイリアン達の英語には英字幕が付く、という環境での視聴だったのだが、そのため、横暴な家宅捜索等迫害に見舞われるエイリアンの心情の方が身勝手な人間達の心情よりも理解できるという結果になった。
映画のクライマックス、エイリアン達が母船を動かし地球を脱出するシーンで感動し、主人公の成り行きはそもそも自業自得だしその後はどうでも良い、という印象をもたらす要因となった。全く知識の無いメキシコ語(スペイン語)環境におかれ、良い加減辟易していた僕の心を代弁している様な気持ちになり、胸が躍った。
そういうわけで、舞台設定や物語展開を見るに、おそらくアパルトヘイト等の人種差別がモチーフのひとつとして取り上げられているのだと思うが、すんなり入ってきた。

そして「TVクルーの密着取材」という形式から解る通り、「食人族」から最近は「クローバーフィールド」に繋がるモキュメンタリー方式を取り入れているのだが、プロデューサーがピーター・ジャクソンで、彼には「コリン・マッケンジー」という素晴らしい前科があるので期待は裏切らない。どころか完全にステップアップしてると言って良いのではなかろうか。後半は劇映画になり、その方式転換がちょっとスムーズではないが、気にならないと言えばその程度のものだし。

「クローバーフィールド」と違い、舞台は灼熱の南アフリカ、しかも日中がメインというのに、エイリアン含めたCGも違和感無いところが凄い。
アクションも、「寄生獣」の後藤を実写化したような、エイリアンの戦闘ロボの動きや銃弾跳ね返しギミック等見所盛り沢山。

制作費は日本円で約30億って事らしいが、日本で30億かけてもこれができるだろうか…?

また本作とは関係無いが、ドキュメンタリータッチの良いところ。
それは状況説明が最悪無くても良い、何故なら「素材が無い」というリアリティのある理由で納得させ得るから。
今考えている企画をフィクションにするかドキュメンタリーにするかもう長い事悩んでいるのだけど、ドキュメンタリーに傾きつつある。



とにかく必見です。
僕も日本語対応したらまた観てみたいと思っています。
何せドキュメンタリーパートに出てくるコメンテーターが言ってる事は何ひとつ解らなかったので。

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2009年11月29日

JPN

ただいま戻りました、よっつです。
何とかアメリカ・メキシコの旅から帰国いたしました。
皆様ご心配をお掛けいたしました。

しかし無事に、というわけにはいかず。
帰国後、成田空港で気付いたのですが、どうやら携帯を紛失したか盗難にあったかしたらしく、ほとほと弱っております。
もしかしたら、と現在宿泊先に問い合わせている最中なのですが、最後に確認したのがメキシコのため、盗難の可能性も否定できず。
結果がどうあれ今週中は電話の繋がらない人になっている可能性が高いです。

ご迷惑お掛けします事をお詫び申し上げます。


旅行記なんかの詳細はそんな状態なのでテンションまる下がりで、現在したためる気力もございません。最後の最後で味噌がついたような気分です。
ただ、日本で「No Music, No Life」を謳う事の欺瞞を、アメリカの空港に降り立った瞬間に実感した事は取り急ぎご報告させて頂きます。

あとは、この旅行を機に結構性格変わった気がします。
もしくは我を取り戻したのか。
取りあえず日本に戻ったけれども日本がとても小さく見える、等と典型的な海外旅行者みたいな文句で本日失礼致します。

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2009年11月20日

USA_MEX

今晩は、よっつです。

明日から今月末までアメリカ及びメキシコへ行く事になりました。
突然の報告ですが、以前から計画していた事であります。

近しい方々には色々とお話していたのですが、一昨年にたまたま出会った議員プロデューサーのN氏から大変興味深い話を聞きました。議員プロデューサーというのは正式な肩書きではなく、便宜上の呼称ですが、簡単に言うと地方自治体から国会まで、規模は問わずひとりの人間を議員にする事をサポートする仕事です。現在政治家として活動している方は勿論、それこそ八百屋のご主人だろうが狂人だろうが、必要な時間と経費さえかければ誰でも政治家にできる、とN氏は言っておりました。

そんなN氏から色々な話を聞き、それまで無思想と言ってよかった僕にも段々と知識や情報が蓄積され、自分なりの意見というものが芽生え始めました。

そして大体今年の2月だったでしょうか、政治活動への興味がついに抑えきれなくなりまして、地元福岡での議員選出馬を真剣に検討し始めました。
「もじあるき」制作と平行して、N氏の協力の下、地方都市の政策についての勉強や、重要人物との人脈作りに時間を割いておりました。

ドラマチックな政権交代が起こっても、それはドラマチックなだけ。どころか各所で迷走振りが聞こえてくる新与党の面々。
賑やかしの様な、あっても無くても構わない様な政策、新法設立の影で着々と進められる、危機的な真の意味での改革。
もう鈍い人も気付いたと思います。
「誰がやろうが絶望」だと。
もう余程のマインドレボリューションが行われない限り、この国に未来は無いでしょう。

福岡というのも今は昔の寂れた一地方都市で、そこから権力の中枢を目指す様な大上段の話をしてどうする、と一笑にふす皆様、ご安心下さい。
そもそも「小さな事からコツコツと」精神で中央権力を目指すつもりは端からございません。

僕は今後、10年はかかるでしょうが、福岡をアメリカ51番目の州にする事に全力を注ぎます。
今回の訪米はその手始めとして起こすアクションです。
詳細は追ってご報告する事になると思いますが、応援宜しくお願い致します。








冗談はこの位にして。
でもアメリカとメキシコに行くのは本当です。
昨年から「大丈夫、もう世界は終わるんだから」が合言葉なのも本当ですが、とにかくそんなわけで僕は今月末まで連絡が取れません。
相談したデザイナーの友人が首を傾げる程曖昧な指示のデザインみたいな仕事に四苦八苦している現在、先に書いた文章の様にちっとも実感は湧きませんが、行ってきます。
目的はまあ、憂さ晴らしでしょう。きっと。USAなだけに。
またこの日記を更新できる事を祈っていて下されば幸甚です。

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