2004年9月30日

2004年09月30日

夕方から、バイトのお別れ会だった。新宿NSビルの最上階に、たぶん40人強くらいは集まったんじゃないだろうか。もう、なにがなんだか分からない規模だった。すぐ横に、夜空を目の前にお話をしているカップルがいたが、彼らは僕らのことをさぞ迷惑な存在と思っただろう。


バイトを去り、多くの人と離れ離れになることについて、切ない思いは昨日さんざんしたので、今日はそういうことは考えず、ただ飲みと話を楽しんだ。


はっと気づいたら2時くらいで、僕らがげらげら笑っていたグループ以外はすでに帰っていて、それからディープな夜が始まった。


朝4時くらいに、バイト先の人で、タクシー運転手もしているという人の特別な伝手で、破格運賃で溝口駅まで送ってもらった。新宿から溝口まで乗って、なんと500円でいいと言われた。なんだ、それ。タクシーの中は、よく分からないタクシー業界用語連発で、ちょっとおもしろかった。


しかしこういうふうにあっけなく、人と人ってのは別れるものなんだなあ。今日以降、一生会わないという人がいるんだと思うと、かなり不思議な気分である。

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2004年9月29日

2004年09月29日

昨日の日記の後、なんだかいろんな人から声をかけてもらって。結局、無事本日で辞めました。こんなに晴れ晴れしくバイトを辞めるのは、初めてです。こんなにまわりの人に恵まれたバイト先は、僕はいままで経験したことがなかったなぁ。


イチローが257安打を、もうすぐ打とうとしている。でもスポーツなので、実際にどうなるかは、そのときにならないと分からない。ひょっとしたら、この後の試合、全部無安打かもしれないし、明日、3安打で到達してしまうかもしれない。


僕の喪中はがきは始まったばかりだけれども、とにかく1枚1枚作っていかないと。イチローもそんなこと言ってたなって、思う。257安打を考えるんじゃなくて、次の1本を考える、と。僕もそんな意識で続けていきたい。


あと、最近ダメ工房に広告バナーが増えて、うるさいと感じてらっしゃる方もおられるかと思います。そんなさなか、ダメ工房はgoogleアドセンスというサービスを受けることが承認されまして、もうページにはgoogle発の広告が貼られてます。


このアドセンス、何がすごいかというと、ページの内容によって、自動的に表示させる広告が違うのである。たとえば、ラーメンのサイトだったら、自動的にラーメンの広告を掲載する、という具合に。


ダメ工房にはいろんなコンテンツがあるから、どんな広告が表示されるのか、というのも、ひとつの楽しみになるんではないだろうか。ちなみに、適切な広告が見つからない場合は、無地になります。いまんとこ、無地ばっかですけど。

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2004年9月28日

2004年09月28日

いまのバイトが終わるので、次のバイト先を斡旋してもらっている。
ところが、卒業制作のこともあり、また、僕自身もしばらく働きたくないという怠慢な気持ちが出てきて、やっぱり斡旋は断って、辞めようと思っている。


ところが、それが、なかなか言えない。僕は、こういうことを言うのが、ほんとうに苦手で。今日こそは電話しようと、迷うのだけれども、結局、言えない。なぜこんな些細なことで止まっているのか自分でも分からない。今日も、電話できなかった。


そうこうしていると、バイト先は明後日でおしまいだ。僕自身のバイトは、明日で終わり。つまり、明日言わないといけない。それを考えるだけで、もう気分が滅入ってくる。


そのことと関係あるのか無いのか、今日は一日なにもできなかった。

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2004年9月27日

2004年09月27日

今日は一段と寒い。


本や雑誌などを読んで、ボランティアについて考えた。かつてはボランティアサークルにまで入って、活動に打ち込んでいたわけだが、今はどうにも胡散臭く見える。


たとえば、アート関連のボランティアというのがはやっている。アートマネージメントという職業の人気もここ数年で飛躍的に高くなっており、とにかくアートに関わりたい、という人たちのために、アーティストの制作活動や展示などを支える場が与えられる。また、これはボランティアとは少し趣が違うのだが、ある自主映像を支援する団体は、映画やテレビ現場のADのような仕事を、半年間”タダ働き”で経験できるという「作家育成プログラム」を立ち上げている。実態はボランティア活動と一緒、である。


しかし、僕は、こういうのは、労働力に対する侮辱なのではないかと感じてしまう。一生懸命なにかに打ち込んでいる、その時間は、金銭的には「無価値」という判断だ。むろん、参加者は金銭的価値以上の経験などを積むことで、精神的満足感を得られているのかもしれない。けれど、「アート志向の若者は、それらしいことを言えば、タダで働いてくれるから、ラッキー」という、権益者の怠慢な思考に、踊らされているだけなのかもしれない、と僕は思う。


やはりボランティア活動の原点は、強から弱へ、富から貧へという構造が基本なのだと思う。ボランティア精神の祖とされるシュバイツァーは、自分を兄、助ける相手を弟ということで接していた。そのことに対する批判もあるというけれど、僕はその関係は自然だと思う。無理に対等になる必要もないし、自分が弟で、あなたは兄ですなんていうボランティアは、現実問題成立しないと思うからだ。


そういう意味でも、最近のアート系ボランティアは、弱→強に対する流ればかりが目に付く気がする。もちろん僕は本だけの知識なので、ただの想像というか、妄言なわけだが。

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2004年9月24日

2004年09月24日

バイト先の人が出演している演劇を見に行った。まあ、踊ったり、歌ったり。おもしろかった。


でも例によって、美術はひどかった。演劇で、美術がいいと思ったことは、ほとんど無い。やはり仕掛けなども考えると、難しいところなのかな。

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2004年9月23日

2004年09月23日

憧れのWEBサイト、ほぼ日刊イトイ新聞でいま、「欽ちゃん!」という、糸井重里さんと萩本欽一さんの対談を読んでいる。萩本欽一さんのことは、僕はあまりよく知らないのだけれど、この対談のなかで語られる言葉が、すごく良くて。


その中で、「テレビ局へ電話をかける、というと、苦情や文句を言う人が多い」ことを指摘し、それは「テレビをダメにする」みたいなことを言っていた。もっと、あの番組良かったとか、感動したとか、そういうことで電話をかけるべきだ、と。


なぜならそれは、たとえ一人でも「感動した」「おもしろかった」という声があると、作り手はそれをバネに、もっといい作品を作れるから、だそうだ。人の文句ばかり言っていても、誰も喜ばないと。


僕はいま、なぜ、いろいろあっても、何かを作るということをしたいのかというと、そういう言葉に救われることがあるからだな、と思うことがある。


ドキュメンタリーを作って、まわりにはそこそこの評判だったんだけれど、コンペディションでは評価が無く、まあ数も出してないんだけれど、寸評でショックなことが書いてあったりして、なぜかすごく落ち込んで、映像なんて、ほんとうに向いてないんだなあと思っていた時期があった。


でも、ある人が、僕の作品を見て、「ありがとう」というメールを書いてくれた。


僕はなにかを作って「ありがとう」と言われたことなんて、一度も無かった。すごく、嬉しかった。たったひとりであっても、誰かにありがとうを感じてもらった、そのことがとても嬉しかった。そして、救われた気分になった。ドキュメンタリーを撮って、ほんとうに良かったと思った瞬間だったのである。

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2004年9月22日

2004年09月22日

ジオラマなんて、作ってみたり。小さいころ、これくらい徹底して遊べたなら、限られた時間をもっと有意義に使えた気がする。


その成果は、喪中はがき19枚目を見ていただきたいわけだが、「家」を作ったり、砂をまいたり、柵をつくったり、なんだかんだとお金がかかった。でも、ものづくりにお金をかけるときの快感は、なかなかすがすがしい。


映像学科なのに、こんな企画を、卒業制作に据えようとしている。いいのかそれで、と100回以上自問自答してみた。でもこれが、今の自分だし。

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2004年9月19日

2004年09月19日

卒業制作の企画書をまとめる…。やっていると、だんだんと暗い気分に落ち込んでいく。


いや、やりたいこと、精一杯やるつもりなんだけどね。細かいことを気にする神経を、敢えて麻痺させて、なんとか、湧き上がる不安などをかき消しているのだ。


秋の夜風が冷たくて…ちょっと、風邪を引いてしまったのかしら…、病は気からというしなぁ。

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2004年9月18日

2004年09月18日

野球のストが、決行されたみたいで。ストがいいのか悪いのかなんて、僕には良く分からないけれど。


しかし張本なんとかさんという昔スゴかった選手の意見には、あきれた。


「選手は主義主張があるなら、必死なプレーを見せながらいうべきで言語道断。」


だって。僕はかなり必死なプレーを見させてもらったと思うけれど。特に古田選手は。だから、世論の多くも、選手会を支持しているんだと思う。もともと張本さんは新庄が嫌いみたいだし、いろんな点で僕の思うところと反対を突いてくる。


今年のオールスターの、新庄選手の衝撃(笑撃?)プレーこそ、人々に元気と夢を与える、もっともプロ野球スターらしい行動だったと思うけれど。古田選手も、ベクトルは違えど、夢を与えるプレーヤーとしては最高だと思う。


あと、時間が無いから・・・的な理由で新規参入を拒むこと自体はいいとして、ではなぜライブドアが名乗りを上げた時点で話を聞かなかったのだろう…。そのときなら、時間があったのではないかなとも思うんだけれども。


僕が以前からギャグで言っていた「シダックス参入」は、監督も社長さんも前向き発言が出てきて、実際に現実的になりつつあると思う。


僕は、どうせだったら一回崩壊するくらいのほうが、いいと思っていたりして。日本のスポーツの主役は、それでも野球だったと思うけれど、もうTVなんかも野球にすがらないで、Jリーグに移行してしまってもいいんではないのか。


あと、もうどうしようもないような状況になったら、選手会が中心で独立リーグを作って、それを既存の野球機構の対立軸に据えても面白いと思う。IT企業系も、そっちのサポートをしてもらって。絶対、独立リーグのほうが人気出ると思うし。でも、現実的には、そんなの無理か。

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2004年9月17日

2004年09月17日

さすがにもう、秋の気候。着る服も、夏用にしていいのか、秋用に切り替えるべきか、迷う。


そういえば少し前だけど、友人の撮影で、油壺海水浴場に行った。夜、海中で水中ライトを照らしての撮影で、僕はカメラだったので当然水中にもぐった。


…寒く、冷たかった。あの冷たい海に、秋の訪れを感じた。


三浦半島の海は汚いと思い込んでいたが、油壺の海は透けるほど綺麗だった。ここで、思いっきり泳ぎたいと思っても、もう秋だ。来年まで待つしかない。


ちなみに、恐れていたくらげに刺されることはなかった。しかし友人が、「毒くらげを、確かに見た」と言っていた。足がひょろりと長いアレだ。刺されなかったのは、運が良かったのかな。

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