2004年10月31日
今年も朝大の学園祭に行った。なんだか、あまり新鮮じゃなく、楽しめなかった。しかし料理はおいしい。これはオススメである。
続いてムサビの学園祭へ。今年の学園祭のテーマは「国」ということで、キャンパス全体を中世ヨーロッパ風にデザインしている。これが非常に良い出来である。通っていた4年間のうち、一番良いのではないだろうか。今年のを見ると、去年までの訳の分からない公害みたいなデザインは一体なんだったんだ、という気になる。
しかし肝心の体調が悪く、そういう意味ではあまり楽しめなかった。そして構内で美術予備校時代の講師を見てしまい、なんだか鬱になった。そういえば、自分が予備校生の時には彼らは大学3、4年ぐらいだったんだと思うが、今自分も同じような年になって、彼らのエラそうで自信ありげな物言いは、一体何だったんだろうかと、ふと思った。
2004年10月30日
電車の中で、ある進学塾の広告を見た。
その広告によれば、シンガポールは世界的にもきわめて高い学習レベルを保っており、それは学校での授業時間の多さに起因しているらしい。
ところが、日本の学校は年々授業時間が減ってきており、それに伴って学習レベルは低下する一方だという。実際、各国共通の試験結果で、日本の順位はどんどん下がっているらしい。
だから、進学塾が必要ですと、その広告は言っていた。
しばらく納得していたが、なにか合点がいかない。ようやく浮かんだひとつの矛盾。
それは、日本で年々授業時間が減ってきたのを補完するように、学習塾は台頭してきたはずなのに、それにはまったく無関係に学習レベルが下がっている、という矛盾である。
データからは、学習塾が有ろうが無かろうが、学校の授業時間が減れば減るほど、生徒の学習レベルは下がるということが分かる。そればかりではなく、深刻な学力低下に対して、学習塾はいくばくの対策も打てていないということすら読み取れてしまう。
つまり、提示したデータが事実なら、この問題の解決には、学校の学習時間を増やせばよいのであって、学習塾なんか行かなくたっていいということになる。
それでいいのか?!栄○ゼミナール!!
2004年10月29日
二日酔いでした。もともと体調が非常に悪く、いまも無理やり日記を書いております。そういうわけで、今日は是にて・・・。
2004年10月28日
アルバイトだった。なんだか、いろんな本を読み、いろんなサイトを見て、いろんな店に行って、いろんな人に会った。中には、かなり有名な方も。
そしてさんざん食って、泊まりました。またひとつ、太りました。
2004年10月27日
あのイラクで拘束された青年、気になる…。
島田紳介が女性を殴ったとかいう事件も気になる。そりゃあ殴ってはいかんだろうが、女性の行動が気になる。なんていうか、当たり屋的というか…。いかんいかん、多分この事件でこの話はタブーっぽいなあ。
2004年10月25日
づけしの、卒業制作がおもしろそうで。ま、十歩譲っておもしろくないにしても、気合が入っているのを感じる。僕が股を掻いている間に、いつのまにか少女は、みたいな。何を言っているのか、分からないな、今日の自分。
そんなづけしのロケハンで多摩川に架かる橋を見て回った。ドライビングですよ、世俗的に解釈するところの。なかなか良い橋に出会えてよかった気もする。いや、確かにほとんど寝てませんでしたので。安全運転とは言いがたかったかもしれませんが。
そういえば、去年のダメ工房上映会の資料に触れる機会があって。去年の上映会で配った紙に「次回予告・創作喪中はがき展」と書いてある。去年から予告してたんじゃん!って思い出した。なんていうか、このままいくと、一年越しの計画達成、みたいな感じですかね。そんな大仰なもんじゃないんですけどね、まあ、ご覧の通りのノリですからねえ。
ああ、確かに今年は何もしていない。ダメ工房、何もしていないじゃないか。いやいや、来年ですよ。来年は目白押しですよ。多分。きっとね。
2004年10月24日
新潟の大きな地震の話。
ちょうど長岡に親戚が居るので、安否を心配していたが、無事だったそうだ。家の中はぐじゃぐじゃらしいけど。東京では都庁も六本木ヒルズもエレベータが止まったらしい。別に壊れたのではなくて、単に非常を察知して自動停止したらしい。
震度3とか4で、武蔵野線は遅延している。東京で震度6強がきたら、どうなるのだろう。
ところで、教育テレビで、個々の被災者に向けてのメッセージを淡々と読み上げる超ローカルな番組をやっていた。だいたいほとんどの被災者は停電でテレビが見られないし、見られたとしても、長時間読み上げられる個人名の中に、自分の名が呼ばれるまで見続ける人が果たして何人いるのだろうと疑問に思った。
さらに言えば、ホリゾントの前で、1カメラで長回し状態で、延々とメッセージを読み続けるアナウンサーが可笑しい。23時すぎからチェックして、深夜2時をすぎても、まだ同じアナウンサーが、同じカメラポジションで、延々と同じ動作を繰り返している。ベルトコンベアでねじを回し続けて気が狂っていくチャップリンの映画を思い出した。笑っちゃいけないのだろうが、あまりにも同じ動作が続くので、友人Mに電話、ビデオに録画するように頼んだ。
するとそのあとすぐに、無理やりテロップ画面が出て、テロップが消えたときにはアナウンサーも変わっていた。きっと、ウンコに行きたくなったのだろう。
そんな、どうでもいい話。
2004年10月22日
本日は、お仕事第一日目でござんした。
といっても、ちょっとお話をして、あとは経堂をぶらりとしただけである。
僕が広島に暮らしていたこと言うこともあって、経堂駅のそばにある八昌というお好み焼き屋さんに連れて行ってもらった。このお店は広島でも名店と呼ばれていて、具材なども広島のものと同じものを使用しているそうだ。
ここのお好み焼きはかなりうまいと思います。こうやって書いているだけで、よだれでそうです。
そのあと2軒ぐらい飲み屋に行ったのですが、名前は忘れました。でもいずれも良い店でした。2軒目の飲み屋のテレビで、日本シリーズの最後のほうを見た。川上の好投。立浪、アレックスのホームラン。落合監督の涙。なんだか感動した。
とにかく今日分かったことは、経堂は飲み屋さんが多くて、かなり落ち着ける場所だということだった。
2004年10月21日
用事があって、御茶ノ水へ。
それから三鷹に、牛腸茂雄という写真家の写真展を、見に行った。感想は、コラムとして書こうかな。とても良かった。
あ、ちなみにようやくアルバイト決まりました。まだ仕事内容掴めてませんが、なにやら楽しそうです。勤務先は経堂らしいです。
そうそう、日本シリーズがおもしろくって。今年の日本シリーズは、過去最低の視聴率らしいけど、僕にとっては久々に白熱した好試合が続いていると思うんだけどな。甲子園を思い起こさせるような。なんだかどっちも勝って欲しいけど、強いて言えば中日を応援したいかな。けっこう「つなぐ野球」って言葉、好きで。それで広島カープ好きなんだけどね。
2004年10月20日
こんなに長い期間、慢性的に体調が悪いのは、外に出ていないせいというのもあるのかな。
台風が来ているけれど、それほど興味は無い。
美術手帖が届いた。いま、写真は流行なんですかねえ。なんだか、今年は写真の特集ばかり。写真とOTAKUが多い。その代わり、一時のドローイングブームは影を潜めたなあ。
2004年10月19日
ヴィジョンは何かと聞かれて、ヴィジョンは無いと答えました。
つい先日、そう聞かれたら、嘘でもいいから大きく出ておいたほうがいいよと、友人からアドバイスされたばかりだったのに。
ヴィジョンは何かと聞かれて、もっと落ち着いていれば、正確に答えられたかもしれない。ヴィジョンは無い、でもやりたいことははっきりと有る、と。それはヴィジョンではないのか?と次に聞かれる。いや、それはヴィジョンではない、なぜなら、やりたいことを並べてみても、どうやら一本の線にはならないみたいだから。
ふうむ、そうかそうか。でも君、それはね、君の中では通用しても、社会じゃあ通用しないよ。―そうなんですよねえ、だから、困ってるんですよねえ。
脳がとろけそうでとろけそうで。
2004年10月17日
そろそろ何かについて真面目に話したいと思うのだけれど、その何かが分からないので、当然それについての真面目な話などできない。
生前葬というものについて、少し興味が出てきた。喪中はがきとの関連もあり…。実際に生前葬を行なっている人というのは、どれくらい居るのだろう?
2004年10月16日
中学校のときの先生である源次郎の家に、中学校のときの友人と行きました。そして話しました。飲みました。
いろんな話をしたけど、特にウンコの話で盛り上がった。野グソは心地良いか悪いかとか、カレー9にウンコ1の割合で混ぜて人に食べさせたらバレるかバレないかとか、雪の上にウンコをして、雪がしゅわしゅわ溶ける様は美しいか美しくないかとか…。
そんな話を朝までして、そのまま帰りました。とても楽しかったです。
2004年10月15日
サッカーですが、次のシンガポール戦は実質消化試合ということで、普段起用しない選手を招集するようである。その中には、カズや中山選手といった、往年の名プレーヤーの名前もあるというのだ。それで、サッカーサイトではずいぶん盛り上がっている。
その盛り上がり方というのは、「そんなふざけたことするな、シンガポールにも失礼だ」「いや、サッカースピリットを若手に伝えるチャンスだ」といった終わらない議論である。
別にどっちでもいい、というのが僕の感想だけど、どちらかというと呼んでもいいのではないか、と思っている。まあ多分、何か考えがあってのアイデアだと思うしね。超若手と、超ベテランが一緒に合宿をしたりする光景というのは、なかなか良いことなのではなかろうか。
そして、ラモスと呂比須ワグナーは出るのだろうか。…出ないか。
2004年10月14日
六本木ヒルズ森美術館でやっていた現代美術作家の小沢剛さんの個展、「同時に答えろ!YESとNO」を見に行った。
僕が日本の現代美術作家で気になる人ナンバーワンは、やはり会田誠だが、この小沢さんの動向も、ずいぶん気になっていた。しかし、なかなか間近で見る機会が無く、雑誌などでちらちらと情報を得るくらいだった。
それで行ってみたら、これが本当に面白い。日本の美術史を醤油でふりかえる「醤油画」や、至る所に地蔵を置く「地蔵建立」、牛乳箱をアトリエに見立てた「なすび画廊」、鍋にする野菜で銃を作る「ベジタブルウェポン」、サッカーボールを加工して国別試合を行なう「アートサッカー」…。
これらの作品のテーマや手法に一貫性は無いが、ひとつ言える事は「異常なほどポップで、分かりやすい」ということだ。
この分かりやすさは、閉鎖的な現代美術に対する逆説的な意味合いも、大きいのではないか。アートはエンターテイメントだ、ということを言うと、それは”絶対に”違う、と血相を変えて怒ってくるような人すらいる状況である。
僕は現代美術はエンターテイメントの膜に包まれているほうが面白いと思う。その膜の中で、ぶっとんだ実験や、表現を展開すればいいと思っている。それは個々人の表現についてもそうだし、美術全体の構造としても同じだと思う。
小沢さんの作品は、僕の考える作品のイメージと非常に近い方向を指しているので、非常に見ごたえがあった。「喪中はがき展」も、こういうふうにやりたいんだ、という理想が、眼前に展開されていたのだ。
そう考えると、僕のやりたいことというのは、すでにもうやられてしまっているわけで。でも、いまは、それがどうした、と思える。果たしてオリジナリティというものが、この世の中に存在するのか、と疑問さえ沸く。僕はどうあがいたって、僕の好きなことをやるしか選択肢が無いのだ。その好きなことが、もうやられてしまっていた事だからといって、だからどうできるというのだろう。
2004年10月13日
昨日から、眠れない。
眠れなくても、ふつうは朝になったら眠れるのに、朝になっても眠れない。いや、眠いのだが、ベッドで目をつむっても、眠りに落ちないのだ。
それはそれでいらいらするので、朝のワイドショーなどを見る。
そういえば、今夜はオマーン戦。どの番組でも取り上げている。サッカー解説者は、テレビでもネットでも、軒並み日本勝利の予測。
結局僕が寝たのは15時すぎだった。それで、20時前くらいに起きる。どんな生活じゃ、と自分で突っ込んでみる。
注目のオマーン戦は、杞憂だったとも思えるほどの、日本の勝利。前半はひやひやものだったが、後半はわりと安心して見れた。キーパーがボール落としたのをオマーンの選手に蹴られたときは、終わったと思いましたが。あのとき体を張ってゴールを守ったディフェンスは、もし手を伸ばさないといけないようなところに蹴られたら、手を使っただろうか。
それよりおもしろかったのは、日本のブラジル人監督の通訳が退場になったときだ。あの状況が、なんとも可笑しかった。
2004年10月12日
体調悪くてねえ。たぶん、バイトが無くなって、生活時間が不規則になっている、というのもあると思うんだけれども。
遠足がしたいな。今とっても。
2004年10月11日
昨夜のシネ健の飲み会、朝まで居ました。一次会では、かつて「出しものの記録」に出演してくれた女優さんも偶然出席していたり、驚きが多かった。
朝まで話した中で、印象深い話をひとつ。
コンチキツアーという若者を対象にした旅行があるらしい。これは、すごい安い料金で、ヨーロッパ10カ国みたいな距離をバスで横断するというものだ。参加者は日本人だけでなくさまざまな国の人がいるらしい。それに参加したという人が居て、その旅行の話をたくさん聞かせてもらった。
僕は眠い目をこすりながら家についた後、そのツアーについて調べてみたが、体験者の旅行記のおもしろそうなこと!僕はいままで北朝鮮と小笠原諸島にしか興味が無かったが、こういうツアーに無理やり参加してみる、というのも悪くないなと思った。
ところで、今日は体調が悪く、喪中の更新はできませんでした。うむむ…これから、ちょっと経堂に行ってまいります。
2004年10月10日
昨夜の高校の同窓会だが、友人のこうしましょうに強く誘われて、2次会に1時間くらい顔を出した。
学年の同窓会というのはやはり規模が大きく、ただの居酒屋に、60人くらい出席していただろうか。
ところが、僕はほとんどの人を覚えていなかった。数年前から、脳が溶けたような感覚に襲われているけれど、ほんとうに誰が誰だかわからなかった。
やはり規模が規模だからだろうか。僕は少し切ない気分になった。それでも、少なからず友人は居た。またあらためて、会いたいと思った。
今日はこれから、シネマ健康会の松本監督に誘われて、でかい飲み会に行ってきます。僕もうあんまり映像作ってないんだけれども、とりあえず顔出します。
2004年10月9日
台風が来てますね。今日は高校の同窓会らしいのですが、そもそも行くかどうか悩んでいるのに、この台風は決定的に行かない方向にしむけるための、何かの罠なのだろうか。
昨日の夕方、THE BOOMのCDを買ったら全員DVDがもらえる、というDVDが家に届いていた。なにやらデビュー十何周年ということで、デビューしたときに演奏した小さなライブハウスでの「打ち上げライブ」の模様だった。
確かに彼らの音楽は売れないし、お世辞にも格好よいとは言えないが、「でも、好きだし、しょうがないじゃない?」と言い返すだけの何かはあるというか。何でもかんでも格好よければ良いというわけじゃないだろう、格好悪さや、弱さや、不器用さが、人を引き付けるということだってあると思う。そんな反発心さえ生まれてみたり。
なんだか映像が、生き生きしていて、音楽好きです、という感じが伝わってきて、ほのぼのとした。こういうふうに年をとっても楽しくできる事があるというのは良いなあ。
2004年10月7日
起きて、喪中はがき作って。
それから、飲みに行って。
それだけ。寒いね、今日は。
2004年10月6日
昨夜帰ってから、僕は脳の半分が鬱、半分が躁という妙な状況に陥り、部屋で浴びるほど酒を飲んで沈みに沈みつつも、頭がフル回転してものすごく細かいことまで考えて目が冴えてしまい、朝7時くらいまで眠れなかった。
しかし本日は親のために、スティングの東京公演のチケット予約を11時からしなくてはならず、無理やり10時半くらいに起きた。
それから喪中はがきをアップする。こういう「笑えないけれどバリエーションとして必要な作品」の提示の仕方については、まさに昨夜考えて眠れない一因になった議題だったのだが、とにかくもう思いついたままアップして、後のことは一切考えないというやり方で切り抜けていくしかない気がする。この作品に関しては、一枚一枚の絶対的な評価以上に、相対的な効果というものを、長期的視野のもとで考えていく必要があるだろう。
夕方から、卒業制作オリエンテーションに参加する。展示スペースは、かなり広くとるつもりだが、助手さんに少し相談すると、今年は単独展示作品が少ないのではないか、という話だった。
そのあと大学の友人らともんじゃ焼きを安く食べて、帰った。
家に帰ると、奥田民生の「LION」が届いていた。なめきった歌詞と渋い声と重層なバックのハーモニーが、相変わらず素晴らしい。
2004年10月5日
喪中はがきまだ終わらない…、ほんとうに、今回は笑わせる作品じゃないのに…。というわけで、多少テンション下がり気味で。
夕方から、とある大学の映画サークルの人を中心にして交流会のようなものがあり、誘われて行った。今年に入ってから、そういう集まりにはできるだけ参加するようにしていることもあって、以前会ったことのある人が偶然いたりした。
途中から気づいたんだけど、自分が一番年くってて、少し動揺した。前のバイト先はほぼ全員年上だったので、集団の中で年下としてのポジ(どういうポジだかよく分からないが)を維持することに慣れていたわけだが。数年後、こういう状況は多く訪れるだろう。
それで、というわけじゃないけど、僕はしゃべりすぎて後悔した。良くないことだ。そして、自主映画の集まりだったのに、近年映像を作る気がまったく起きないという致命的欠点を感じつつ帰った。でも、こういう交流で出会える縁というのは、これからますます大切にしていきたい。
2004年10月4日
卒業制作のプレゼンだった。実はプレゼン苦手な僕だが、何とか切り抜けた。
でも、去年の例から言うと、プレゼンがうまくいった人で、作品が良かった人というのは、あまり居ない気がする。これは何故だろうか。まあそれは去年だけの特別な結果ということもあるかもしれないし、とにかく僕はひたすら作るしかない。
ところで、次の喪中はがきの制作には、本当に苦労している。いったいなんなのだろう。いや、そんなに笑えたりするわけでもないし、クオリティが高くなる予定は無いのだが、やけに時間がかかる。こんなことでは、月20枚ペースは保てない。
2004年10月2日
ついに、達成しましたね、イチロー選手。ほんと、すごいです。感服します。
今日は、ひさびさに大学のキャンパスを歩いて、僕がこの校舎に来る回数は、あと20回も無いのだろうな、と思った。
先月で終わったバイトの最終日、ビルに入るための社員証を返却した後、帰るためにビル内を歩く僕は、とても「守られていない」、不安な気持ちになった。いま何かあっても、僕はここで守られる対象にはならないのだ、と思った。働いていたときにはウザイとしか思わなかった社員証のありがたさに、気づいたのだ。
この大学、何気なく歩いているし、僕にとっては通っているのかいないのかも、時に曖昧になってしまうこともある。けれど、もし卒業して、ふたたび校舎を訪れたとき、「あの時は、『守られていた』んだなぁ」と振り返るのかもしれないな、と思った。
それくらい、いま置かれている環境のありがたさについて、僕は無神経なのである。
2004年10月1日
昼に起きて、なんだか何をしていいのか分からず。
そういえば、googleアドセンスだが、なかなかおもしろいことになっている。
たとえば、よっつ撥ねられるには、自動車保険の広告が掲載され、よい子のための修学旅行感想文の書き方には、「子供を理解するためには」という意味深な広告が掲載されている。
表示される広告はアクセスする地域、時期などによっても異なるらしく、いつも上に挙げた広告が見られるとは限らないけれども。google独自の、文脈まで読み取る独自のアルゴリズムを駆使した広告表示システムらしい。そうして表示される結果に、ちょっと、笑ってしまう。
もう少し資料や実験結果が集まったら、アフィリエイトプログラムに関するコラムが書けると思うけれど、このアドセンスは本当に画期的だ。1クリック、だいたい10円~20円くらいの収入になっているし。
そんなこんなでした。お金の話ばかりですんまそん。