2005年3月31日

2005年3月31日

速報でも記載している通り、映画祭で作品賞というのを受賞しました。
僕は今日、愛知万博のEXPOホールに行ってきました。

しかし、流れると思っていた自分の作品は上映されず、そうでなくても映画祭は滅茶苦茶で、自分が主催者だったら、恥ずかしくて自殺するんじゃないかという位にひどいものでした。

まあでも、とにかく、賞は賞ってことで。

怒りを通り越して失望感ただよう一日だったけれど、今日この場を用意してもらって、感謝するべき点がひとつだけあるとすれば、それは同じく最終ノミネート作品に選ばれた監督の人たちと出会えたことである。映画祭のひどさが逆に結束を生み出し、奇跡的に濃い関係を生んだような気がする。その話は明日の日記で詳しく書きたいけれど、今はとにかく早く寝ないといけなくて。

WEB投票をしていただいた方、あと何らかの形で作品を見ていただいた方、そして源次郎、づけし君をはじめとして、制作に協力していただいた方、どうもありがとうございました。

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2005年3月29日

2005年3月29日

昨日のつづき。個展開催中に読んだ、おもしろい本。

3冊目は、「黒いスイス」(著・福原直樹)である。

この本は、背表紙の紹介文が、おもしろさのすべてを表している。

永世中立国で世界有数の治安のよさ。米国などを抜き、常に「住んでみたい国」の上位に名を連ねる国、スイス。しかしその実態は―。「優生学」的立場からロマ族を殲滅しようと画策、映画“サウンド・オブ・ミュージック”とは裏腹にユダヤ人難民をナチスに追い返していた過去、永世中立の名の下に核配備計画が進行、“銀行の国”でまかり通るマネーロンダリング…。独自の視点と取材で次々と驚くべき真相を明かす。


もうこれだけで、読みたくなります。スイス、黒い。

でも暗部っていうのは、どこの国でも、掘り返せば出てくると思うわけです。もちろん日本にもいっぱいあるだろうし、日本を批判する韓国や中国にだってあるだろう。逆に言えば「うちは潔癖です」みたいなことを言う国があるとすれば、それはかなり怪しい、疑ったほうがいいということも言えるはずである。

そういう意味で、ここでスイスが選ばれたのは、スイスがほかの国に比べて特別黒いからでは無いだろう。ここで扱われる「スイス」は、ごく平和な国の象徴としての扱いであり、それを読み手に応じて、自国の歴史や文化に置き換えて読むのが、著者の意図するところだろうと思う。

特に日本と関連があるとすれば、外国人労働者の比率が多くなって、ネオナチの勢力が伸びてきているあたりの記事である。今後、日本にそういう問題が起きてきそうな気がする。


ちなみに今日は、久しぶりにお仕事でした。WEBの仕事だが、いい感じになってきている気がする。

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2005年3月28日

2005年3月28日

な、なんと、昨夜は普通どおりに寝たのに、19時に起きました。あり得ないな、と思いました。

ところで、個展開催中は、夕方から夜はけっこう混んだのだが、昼間は本当に暇だった。2時間待って誰も来ないとか、ちょくちょくあった。(だから、会期中に模様替えしたりもできたわけだが…)

僕はけっこういろんな人のギャラリーを見てきたので、「個展には人が来ない」というのは十分すぎるほど予測できていた。そこで、あらかじめゲノムの須田さんから、本を5~6冊借りて、それにさらに自分の家にある未読の本を加えて、人が来ない間はずっと読みつぶしていた。その中から、おもしろかった本をいくつか…。

まずは、「日本語練習帳」(著・大野晋)。

これは昔、辰濃和男という新聞記者の「文章の書き方」と一緒に買った本だったが、「文章の書き方」があまりに面白くない本だったので、一緒に買ったこの本も同列だと思って、ほうっておいてしまったものである。それが突然、読みたくなった。そして感想としては、実に面白かった。もっと早くから読んでおけばよかった。この本の要旨は、「日本語を正しく理解しよう」ということである。それを設問形式で解説し、さらにその解答をもとに、読みやすい文章の書き方まで指導してくれる。

僕はこの本のように、語源から言葉を説明したり、どっちだっていい雑学をねちねちと紹介して国語を読み解くのが大好きである。高校のときも、そういう指導方法をする国語の先生の授業は、美大受験に関係なくても受講したものだ。また著者は決して、言葉の変化を否定しているわけではないのも、好感が持てる。語源から攻めていく研究者の本は、「最近の若者は…」というくだりが少ない傾向にある気がする。その好例が、金田一一家や民俗学者の柳田国男だろう。たぶん、言語を系統的に把握していくと、最近発せられるあらゆる言葉の変化も、想定内に収まると思われるからだろう。最近の若者の言葉遣い云々を言う人は、たいがいは常識論とか社会マナーの見地から言っているにすぎない気がする。


さて次に、「<対話>のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの」(著・中島義道)だが、これは相当に面白かった。

この人は、あらゆることにイライラしている。この人をイライラさせる原因は、無意味な公共広告や、公共アナウンス、無意味な警告、こういうものをすべて公害とみなし、こういうものを蔓延させる原因として、「対話」することを重視しない教育を挙げている。

著者は電通大の哲学教授らしいのだが、たまたまこの本を読み終わったとき、電通大に通う友人が個展に来てくれたので、聞いてみたら、「うわっ ナカジマかぁ。知ってる、知ってるよ~」と、かなりけげんな顔をされた。相当、風変わりで、厳しい先生のようである。曰く、調布駅の公共広告やアナウンスにクレームをつけ、放置自転車を蹴り倒しながら大学へ行き、教授会では相手を真っ向から批判し、授業のテストは「口頭試問」で対話しながら進められるetc…ずいぶん伝説の人になっているようだ。

この人の主張していることは、僕がかつて「小中高生のためのよい子シリーズ」で言いたかったこと、まさにそのものなのである。僕が考え続けて、どうにもぼやぼやして人に伝えられなかったことを、この著者は分かりやすく言語化し、訴えている。

この本の内容を「よい子」に置き換えて簡単にまとめるならば、「皆さん『よい子』になりましょう」と先生が言うとき、それは決して、一人ひとりに向けて言われた言葉ではないということである。つまりそれはその場を飾る空虚な言葉でしかなく、生徒もそれを認識しているため、生徒ひとりひとりはその言葉を真摯に受け止めず、黙って聞き流すという行為をすることになる。こうしたことは、駅前に飾られている公共マナーの標語や、井の頭公園でマイクを通じて流れるマナーについてのメッセージや、会議や式での形式的なやり取り・スピーチに繋がっていると、著者は指摘する。

僕は、まだ未消化の「良い子シリーズ」で、学校が空虚な「よい子像」を求める状況において、生徒も空虚な「よい子像返し」を実践することで、その空虚さ自体を暴けないか、と思ったのである。その空虚さというのは、学校で、特に生徒と先生が人間的な交流をしなくても「よい人間的評価」を得られてしまうという悲しさ、怒りである。それは一般的な生徒と先生の関係というよりは、ひょっとしたら、ただの僕個人の経験による悲しさなのかもしれないけれど。

著者は、こうした問題を解決する方法は、ただひとつ、「対話」をすることだ、と提案する。「対話」の詳細については本を読むのが良いが、簡単に言うと「思ったことを素直に伝え合う」である。これは著者自身も実践しており、実例がいくつも掲載されている。その中で、カンニングをした生徒との対話がおもしろかった。その生徒は最初はグレた対応で暴力的手段に出てくるが、著者が辛抱強く対話を続けるうちに「先生に意見を言ってもいいんですか?」となり、「いいよ」の答えから、とつぜん素直になっていく様が描かれている。


すべてが「対話」で解決するわけじゃなかろうが、この著者の勧める「対話」は、一対一で行なわれるのが前提だから、こうしたことが教育において普及することで、例えばひきこもり、いじめ、学級崩壊といった問題を解決するヒントにはなる気がした。


他にも読んだが、それは明日。

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2005年3月27日

2005年3月27日

「創作喪中はがき展」ですが、無事終わりました。

まず、来ていただいた方々、そして手伝っていただいた方々、本当にありがとうございました。

来場者ですが、のべ149人でした。この数字が多いのか少ないのかは、これから考えますが、特に水、土、日(特に日曜)の混雑っぷりには手ごたえのようなものを感じました。

また、同時に知り合いだけの内輪の会ではなく、通りがかりの人や、WEBを見てくれていた人や、知り合いの知り合い等、僕の知らない人がいっぱい来てくれたことも、以前までの企画とはまったく違った点で、手ごたえを感じています。

喪中はがきが57枚、またビデオ作品制作、会場設営、運営、厳しいアドバイザー等も含めて、相当な数の人に手伝ってもらっています。たぶん、いままでこんなに人に手伝ってもらった作品はないんじゃないでしょうか。

「全国市役所巡り」と銘打っている通り、どこか違うところでやるかもしれませんが、すぐにはやらないと思います。(余力が無いので)。今から書いていただいたアンケートを分析して、改善点等考えたいと思います。


いまは疲れたので、とりあえずこんな報告ですみません、とにかくご来場、ありがとうございました。

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2005年3月24日

2005年3月24日

個展をやってみて、初めて分かったことが、こんなにもいっぱいあるとは思わなかった。

もうまるで、卒業制作展とは違う。ダメ工房上映会のときのように、複数でやってるのとは違う。特に卒業制作展というのは、やはり、目いっぱい”守られている”んだなあと。これは、やってみないと分からなかったな、と思っている。そういう意味で、良い経験をしている気がする。

ちなみに今日までで、ちょうど50人が見に来てくれました。平日はもうちょっと人が来ないかなと思っていたのですが、意外に来てくれたのでほっとしています。週末はどうなるでしょう…

さらに、「男でつらいよ~源次郎の恋」ですが、WEB投票していただいた方、どうもありがとうございました。おかげさまで、最終ノミネート作品に選出され、僕は31日、愛知万博にて行なわれる上映会に招待されることになりました。つまり名古屋旅行です。リニアモーターカーに乗れるのかは分かりませんが。

名古屋の名物(食べ物)、なにかあったら教えてください。

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2005年3月21日

2005年3月21日

喪中はがき展、いよいよ明日ということで、せわしなく準備。

ところが昨日は猫が死んでからどうにも体調が悪く、寝込んでいて、今日は治ったけれどもなにかボケている。つまり、よくこけるし、落とすし、忘れるし、けっこうめちゃくちゃだった。

そういうわけで、明日、きちんと搬入&設置できるかどうか不安。
展示なんて簡単なもんだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。実際体験してみると、上映会のセッティングのほうが、よっぽど楽だ。大学で写真をやっていた人たちは、制作だけでなく設営についても勉強してきたわけで、やはりエライと思う。

そんなこんなで、明日は早いので寝ます。寝坊しないようにしないと。

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2005年3月20日

2005年3月20日

明け方ですが、我が愛猫、ラピが亡くなりました。14歳11ヶ月。

以前この日記で、入院するかどうか家族で迷っていると書きましたが、結局入院はせず、家で亡くなりました。

たまたま姉も帰ってきており、家族に看取られて、幸せな最期だったように思いました。

さて僕は、以前から母親に「ラピの喪中はがきを作ってほしい」と言われており、それが57枚目「ペット」という作品になりました。作品完成から数日後、現実の結果になると事は複雑です。

しかし、この57枚目のはがきだけではなく、「創作喪中はがき展」という企画自体は、ひとつの愛情表現の形だと思っています。これは僕の人生最大級のブラックジョークなのです。この作品は、食欲旺盛で、よくじゃれていたラピにささげたいと思います。

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2005年3月18日

2005年3月18日

卒業式。

といっても、朝まで喪中はがきのプリント作業をしていて、ほぼ徹夜状態。

そして僕が大学に行ってまずしたことは、ギャラリーの前に貼る呼び込みポスターの発注。大学の中の世界堂は単品のプリントだと割と安い。そして親切。

卒業式はあまり面白くなかった。美大なんだから、もっとおもしろくしても、理解のある人はいっぱいいると思うけどなあ。そして、歌の上手い「ポコタン橋本(たぶん違う)」みたいな名前の人が、校歌を歌った。校歌を始めて聞いた気がした。でも作詞者が北原白秋だった。歌詞の末尾に「武蔵野美術大学~フレ、フレ」とあったが、あのフレはどういう意味なのか気になった。単純に応援の「フレ~」なのだろうか。しかし黒人音楽の歌が上手な人は、どうしてこう、つのだ☆ひろみたいな顔になるのだろう。まあ、どうでもいいんだが。

祝辞は、どうでもいい話ばかり。工デの教授の「3」という数字にすべてを終結させる話はちょっと面白かったが。

卒業式が終わるとすぐに朝頼んだポスターを取りに行く。その後、学科別に卒業証書授与。いつも集まる教室で、ひとりひとり渡される。この時間がとても良かった。教授のメッセージもすごく良かった。

それから少し皆と話して、喪中はがきのフライヤーを蒔いて、麺道場という近くのラーメン屋で何人かとラーメン食べて、帰った。みんなは謝恩会に出席するというので目黒に向かった。

帰り道だが、異常な睡魔に襲われた。そして運悪く中央線が人身事故でたいへんな乱れ。思うのだが、人身事故でダイヤが乱れるということに中央線は(JRは)慣れすぎてないか。手際が良すぎる。誰かが死ぬのは、ちょっと鉄道が遅れる「ただの困った事」として事務的に処理されている感じがする。これは4年間、幾度と無く出会った「中央線人身事故による遅れ」でいつも感じたことだ。

それはいいんだけど、立川駅にあともうすぐという所で、電車は突然止まった。20分くらい待たされたのだが、あまりに眠すぎて、立ちながら何度も寝た。そして倒れそうになって、起きたり、の繰り返し。

家に帰ってニュースを見ると、「歌手YUKIの愛児が1歳11カ月で突然死」の記事が。僕は子どももいないし子どもと接することもあまり無いけれど、何か強いショックを受けた。そして、他人の話のはずなのに、なにか妙な喪失感に襲われ、へなへな…となってしまった。誰かが不幸になったり幸福になったりするということが、自分の力を超えたものによって成される。それが何か、恐ろしかった。


夜10時、謝恩会の2次会に誘われる。着替えて、新宿へ。30人くらい居る。そして飲む、食う、吸う。しかも朝まで。いつもと同じメンバー、いつもと同じ話。今後はこれが「いつもと同じ」ではなくなるということを分かろうとしても、良く分からなかった。

朝4時すぎから、カラオケに行く。まったりしているのかしていないのかよく分からない。みんなで一緒に、しかし自分勝手に叫んだり、わめいたり、狂ったり、思えばそれが、僕の大学生活だったなあというふうに感じた。

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2005年3月17日

2005年3月17日

う~む 最近眠れない…。眠れないというか、眠れるんだが、眠る時間が削られている。
なんていうか、常に眠いのに、眠りへのタイミングを逃してしまう。そうすると眠いのに眠れないという変な時間帯に突入する。眠るには数時間待たなければならない。

その割には、次の日なにも無かったりすると、平気で15時とか16時に目覚める。それも、途中まったく起きず、はっと気づいたら16時なのである。がっくり来る。

個展の準備やら、映画祭がどうとか、その他にもいろいろ雑多に物事は降りかかってくるわけで。こう、もっと暇な時期があったわけだし、その頃に分散して降りかかってくれば良かったのに。どうもうまくいかない。

まあそれでも、どうやら物事は前のほうに動いているようで、僕はえっちらおっちらと目の前にある仕事をこなせばよい。多分それで良いと思う。

しかし、個展まであと数日ですね。緊張します。明日卒業式らしいんだけれども、その存在をついつい失念してしまうぐらい、僕にとっては小さな小さな行事のようだ。高校の卒業式に出られなかった(出なかった)という悲しい出来事の再来は避けたいというだけで、ひょっとしたらそれ以上の思い入れはないのだろう。

ただ明日で学生は終り、ということで、それなりの意識をして、スーツの準備でもしようかなと思う。

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2005年3月15日

2005年3月15日

まあいろいろあったわけだが。

ほぼ寝てない状態で、朦朧としつつ仕事へ行き、仕事になったのかならなかったのか自責の念にかられ、ギャラリーへ行く。予想外の事を言い渡されて大変ショックを受ける。ビラをまく、割と置いてくれる。

それからいつもの高校の友人らと飲み。今日はスペシャルゲストでUさんが来てくれた。非常におもしろかった。今後もスペシャルゲストを用意したほうがいい。

僕は、ここでは詳細には書けないが昨日~今日で実に様々なことがあり、心身ともに疲弊、飲まないとやってられないという気分だった。高校の友人とならそんな僕の不条理で言い訳がましい愚痴も聞いてくれるような気がした。そこで、Uさんとこうしましょう君と別れたあと、溝の口で岩窟王のボトルを空けつつ朝まで語り、飲んだ。正直なにを話したのかはあまり覚えてないけれど、いっぱい救われたような感覚を持ったのは確かだ。

朝4時ごろ、大変な睡魔に襲われ、しかしこのままここで寝たら簡単には起きられない、と思い、嫌がる皆を強引に外に連れ出した。外の冷たい空気にあたれば、目が覚めると思ったのだ。しかし、覚めなかった。歩きながら実に眠たかった。何故か24時間営業の東急ストアを物色し、ひとつひとつの品物に突っ込みを入れて歩いたがそれも無駄だった。獅子丸が乗る電車は溝の口4時31分発というのがあったが、その後登戸で34分待たなければならないという過酷なダイヤグラムが組まれていたので、早々と彼を帰すわけにも行かなかった。

東急ストアを出ると、証明写真の機械が置いてあった。友人のカドがおもむろに入りだした。そして誰の確認も取らず、金を入れだした。そして、撮った。こんな写真になった。


写真が現像され出てきたとき、カドは「ごろう、老けたな」と言った。

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