2005年8月31日

2005年8月31日

電車で、小学4年くらいの女の子が、肩におどろおどろしいデザインのタトゥ~をしていた。いまどきそんなことでどうと思うこともないだろうし、どうせシールみたいなやつだろうからいいんだが、気になった。

なぜ気になったかと言うと、その小学生くらいの女の子の鞄が、お姫様のアップリケのついたピンクのかわいい鞄だったからだ。靴もかわいい。「肩につけたおどろおどろしいタトゥ~」が醸し出す雰囲気とまるで相反する。

タトゥ~も決してかわいいのじゃないのである。おどろおどろしいんだ。昨日川辺で、マシンガンを持ちながらバーベキューをしていたいかつい男が、腕いっぱいにしていたタトゥ~と同じようなデザインなのだ。

一緒にいた母親も気になった。だいたい「小学生くらいの女の子が肩につけているおどろおどろしいデザインのタトゥ」なんてものは、親がつけていると考えてよいだろう。マッキンキンに髪を染めた小学生の男子の横に、「息子にマッキンキンの髪をさせそうな親」が座っていることは多い。

しかしその時一緒にいた母親は、見た目だけで判断すると「子どもが髪を染めるなんてとんでもない!ましてやタトゥ~なんて…不良よっ不良!」という感じだったのである。実に品がよろしい。PTAの副会長とかしてそうだ。親子でにこにこしながら電車に乗っている。しかし、娘の肩にはおどろおどろしいタトゥ~。明らかに、親の表情は、娘のタトゥ~を許容している。

しかし、僕の目線が気になったからかもしれないが、母親は途中で娘に上着を羽織らせ、おどろおどろしいタトゥ~を隠した。母親はしかし、にこにこしている。これはどういうことだ。

きっとこの母親は、右翼の大物の奥さんとかで、あらゆる修羅場を潜り抜けてきた偉大な方なのだ、とまず考えてみた。品のよさとおどろおどろしいタトゥ~が同居するシチュエーションはそういうところにある気がする。

次に横暴な父親を想像してみた。ある夜、もうすぐ小学校高学年にもなる娘に「さおり(仮名)、そろそろオマエもタトゥ~でもせんと、なめられるぞ」と、寝ている隙に、プロを呼んで彫らせる。「あなた!娘はまだ10才。そんなことしたらお嫁に行けなくなるわ」と、そのマンション13階には母親の声が響き渡る。「うるせぇ」と紙パックに入った「鬼ごろし」を飲み干している父親。父親の目が座っている。「夫は…義夫は、あの目になったら、もう誰にも止められないんです…」と、数ヵ月後、フジテレビの「こたえてちょーだい」の取材で、母親は答えた。

そんなことを考えながら僕は登戸駅に下車した。

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2005年8月30日

2005年8月30日

今日ハードだった。作ってる映像、ついにクランクインですよ。やばいやばい。でも変な絵撮れた。づけし、モアイ、タケオありがとう。特にタケオほんとありがとう。

終わってから渋谷でインクカートリッジ買ってから、経堂でとある小冊子のデータ入稿。今回はかなり急いでやったから、ミスがありそうで怖い。でもとにかく送った。

ところで、お友達のなつさんから、漫画バトンなんてのが来ましたよ。なんでもバトンになる時代ですね。
そしてなつさん、バトン間違えたね。僕、ほとんど漫画読まない。そして持ってない。むかし漫画家になりたかったのに。最近はじめて「20世紀少年」読んだ。でも長くて飽きちゃった。でもがんばって答えます。


Q1 あなたのコミックの所持数は?

数って難しいですね。こち亀なんて90冊くらいあるしなあ。まあ150冊くらいでしょうか。

Q2 今読んでいるコミックは?

いや ここ一ヶ月読んでないです。まったく。

Q3 最後に買ったコミックは?

あまりに昔すぎて思い出せない。少なくとも6、7年は漫画買ってない。

Q4 よく読む、または思い入れのあるコミック5作品

そういうわけでチョイスが中学生くらいで止まってます。すみません。
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」秋本治
これははまりました。カメダスも持ってるくらいです。でもいまは押し入れにあります。邪魔です。

「アドルフに告ぐ」手塚治虫
手塚治虫の中では最も完成度が高いと思っています。「火の鳥」「ブラックジャック」も好きですが、こっちのが思い入れあります。

「南国少年パプワ君」柴田亜美
てか柴田亜美っていう人が好きでした。小学校のときにとても影響を受けてました。「柴田亜美の本」まで持ってます。

「ファミ通のアレ(仮題)」竹熊健太郎&羽生生純
いまの僕の絵/脚本のルーツは、和田ラヂヲでも吉田戦車でもなく、まぎれも無くこのコンビでした。

「ミュータント花子」会田誠
大学の時、とても衝撃を受けました。漫画に衝撃を受けたのは数年ぶりだったのです。その前にこれは漫画か?現代美術作品か?という問題もあるのだが・・・

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2005年8月26日

2005年8月26日

ああ、やっと更新できた。これが突っかかって、映像制作の脚本・絵コンテ作りに集中できなくなってしまった。

やりたいことと仕事を両立させたり、一致させている人はエライと思う。僕はまだぶれているし、今日はけだるい天気の中、自分はいったい何がやりたいのかますます分からなくて混乱した。混乱して溝の口駅のカレー屋で衝動食いした。あんまりおいしくなかった。

リリー・フランキーの「東京タワー」を読んだ。リリーフランキー本人と、そのお母さんをめぐる自叙伝。とてもおもしろかった。

リリーフランキーはお母さんが大好きである。悲しい話もいっぱい挿入されているが、それらの小話を、すごく大きな「お母さん大好き」が包んでいる。実質母子家庭で、何度も引越をし、お母さんはひとり苦労する。しかしリリーフランキーはそれが不幸だとか幸福だなどと言わない。分からないのだ。”それが僕と母の生活だった”としか言えない。しかしその決め付けずに淡々と描写していく素直さが良かった。

ま 読み終わったばかりでうまく感想はいえないけれど。

細かいことだけど、九州の方言っていいなあって思った。僕もかつては思い切り広島弁で話していたのに、まったく話せなくなった。こちらに転校してきて、広島弁のことでさんざんからかわれたからだ。小学生のすることだから今更ムキになることも無いのだが、方言についていちゃもんをつけるのは、いま思い出しても腹が立ってくる。いま思うと”標準語”なんてちっとも美しくない。放送部に入って「本来、標準語は存在しない(誰もが方言を話している)」と聞いて、納得したものだ。でも僕はとにかく、小学4年生で広島弁を捨てたのだ。いま思うとモッタイナイことをしたと思う。

頭がスポンジのようにスカスカしている感じがする。

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2005年8月24日

2005年8月24日

こんちは。ただいま(朝7時)、長い旅行から帰宅しました。
ホリエモンが広島6区で出馬したなんて知りませんでした。
ピアノマンも嘘だったんですね。RSR会場では駒苫優勝にもりあがっていたのに、部長は暴力事件ですか。

いろんなことが進んでいるのに、僕の時間は止まっているようでした。

今回思ったことは、”行き当たりばったりの一人旅は、思ったより大変だし、金がかかる”ということです。


「ごろう船でRSRに行くの巻」

近日UPします。

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2005年8月20日

2005年8月20日

こちらRSR会場内のインターネットカフェです。
あまり長くは書けませんが

とりあえず船が豪華すぎました。八丈島行きの船とは雲泥の差だ。
大浴場、サウナ、ビアガーデン、映画館、ゲームセンターと何でもそろっている。
そして奇跡的にローカル地域からやってきて、かつRSRに行くという希有な人とも遭遇!
旅行ってこういう偶然の出会いが楽しいですね。

今日は雨が降ったりやんだり蒸し暑かったり涼しかったり。
オレンジレンジが盛り上がっています。僕は遠くから見ていますが。

また機会を見つけて書き込みます。写真はあんま撮ってないです。

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2005年8月18日

2005年8月18日

それでは、僕は旅立ちます。新潟から船乗って北海道にいきます。乗り物酔いが心配だね。お金ほとんど持っていきません。
あと、暇に耐えられるかどうか。

写真持って行くけど、RSR会場内では写真撮れないし、ね。

まあとにかく涼んできます。私信ですが、すがの(仮名)さん、BBQいけなくてごめんなさい。。。

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2005年8月17日

2005年8月17日

北海道旅行へ出発は明日ですが、ほとんど準備していないごろうです。
したことといえば、船とバスの予約くらいです。あとなにも考えてない。

誰か教えてほしい、携帯にメールでもいいから。

・小樽の観光名所、おいしい(安い)食べ物屋さん
・新潟で不毛な一日を過ごします。新潟の観光名所、おいしい(安い)食べ物やさん


最悪 いずれの地でも 喫茶店でコーヒーを飲みながら読書をする

という、まったく旅行と関係ないことをしてしまいそうです。


携帯といえば、ウィルコムに変えようと思ってます。今月か、来月。
さらば、ドコモ。慣れ親しんだドコモ。番号ポータビリティ化を待ち望んでいたんだが、ドコモ君、いわば君のせいで進まないとしか思えない。たぶんポータビリティ化したら、AUとvodafoneの躍進はすさまじいものになるだろう。

最近はシナリオと絵コンテかいてます。そうです、作りますよ、映像。短編3本一気に作ります。作れるかなあ。不安です。シナリオの難しいところは、例えば朝9時に起きて夜11時まで机に向かったとしても、完成するとは限らないところだ。事務作業とは違う。気合の入れた1時間のほうが大事なこともある気がする。僕ごときが何を言っているんだという話だが、とにかくシナリオは悩む。

なんつったってその日おもしろいと思ってても翌日見るとつまらなかったりするし。あるいは、これは作品制作全般に言えることだが、僕が良いと思ったことが他人にとって良いとは限らないのだ。あるいは僕も他人も良くても、作品が公開される社会秩序にとって良いとは限らない。

でも最終的には「僕が見たい作品」を作るという結論に導かれる。僕が見たい作品ってのは、明確に何かが分かっているのに、いざ作るとなると上手くはいかないもので。僕は少なくとも死ぬまでには、「自分が見たい」と思うものを満足に作れるようになりたいなあ。友人で映画撮っているづけし君もそのように思っているだろう。

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2005年8月16日

2005年8月16日

日誌を書かないとこのページは完全に息の根が止まりそうなので、なんとか書いてみます。

8月中をめどに進めているリニューアルアップ計画。
まあ大して変わらないんですが、一応どうなるの予定かを書いてみます。

・初めての人に「これ、僕のサイトです。見てみてください」と言うことがあるわけで、そのときに意中のコンテンツに自然に流れていくように、何か工夫はできないかということに取り組んでいます。

・イラストをいっぱい描きます。

・新規ウィンドウで各コンテンツを開くシステムをやめようとおもう。経堂系ドットコムでうまくいったので、それを応用したい。

・サイトコンセプトの見直し。ダメ人間~を頭に持ってくるのは飽きた。ダメ工房と言う名前は残す。

・ポートフォリオ的な部分(僕の作品紹介など)を強化してみたい。

・掲示板の削除、替わりにメールフォーム設置。掲示板は前々から一刻も早く消したいと思っていたので、思わず見切り発車で消してしまいました。ああいうものは内輪の会合でないとメリットが生かされない。いまはmixiで事足りてるし。

・日記をどうしようか、また悩んでおります。いや、残すんだが、今とは違う形にしたいなと。更新情報とうまく連動できないかな。「ほぼ日」の「今日のダーリン」はうまくやっている例だ。しかしあれは日々必ず何らかの記事が更新されるから成り立っている。

・長期的には、いまゲノムで僕が担当している別のあるサイトとの連動(電車で言えば相互乗り入れ?)を考えています。コンテンツ量が増えるし、仕事的にもメリットがある。

・あとさらに長期的にはコラボレーション企画みたいなものを増やしていきたいな。まあそれは水面下で進めているのでいずれ実現できるでしょう。


こういうのを細々実現していくのが当面の僕の目標です。

ダメ工房フリーペーパー化計画と言うか。ウェブってある意味フリーペーパーですが、コンテンツもそのようになっている例は少ない気がする。そのへんおぼろげに、今後こうなったらおもしろいだろうなぁ、というイメージは徐々に浮かんできている。そして各コンテンツをどうにかしてオフラインに流し込むことについても考えてみたい。そのほうがモチベーション上がるし。


これ、ただの独り言ですね。

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2005年8月11日

2005年8月11日

最近読んだ中でもっとも面白かった本は、猪野健治という人の「東京闇市興亡史」という本。

別にトタン屋の絵を描いたからではないが、闇市には興味がある。いまある町や、文化などの源流をたどっていくと、戦後闇市の社会というのは、あるひとつのターニングポイントになっただろうからである。

いま栄えている町の基盤には、やはり闇市があるようだ。たとえば昔から新宿は栄えていたのかもしれないが、戦後すぐ(2日後)には、ある人の呼びかけで新宿にわっさわっさと失業者が集まり、大規模な闇市が広がっていたというのである。そして敗戦8日目には新宿の東口あたりを「新東京の最健全な家庭センターにする」という計画書が出され、中央に歌舞伎座という建物を建てようとしたが頓挫した。これがいまの「歌舞伎町」という名前の由来なのだそうだ。街というのはこういうふうに生まれるんだと感慨深く読んだ。

次に戦争に負けた日本に、なぜこうもアメリカ文化が巧みに浸透したのか、についても考察がなされている。それによると、戦前の「文化輸入」は、「もっぱら日本の上・中流社会への流入であり、ふるいにかけられたごく一部が、上から下へ流れるといった図式」だったそうだ。しかし闇市においては、アメリカの日常的なモノが、下級兵士から日本の街娼に流れ、彼女らから闇市に売られ、庶民層に広がる。いつのまにかそれが中流階級に行き渡る。つまり下から上へと輸入されていったのだ。

この本では、文化変容というのは征服型と翻訳型があると指摘している。征服型というのは、本書の例で言えば、「西洋人が南太平洋の島に入り込んで、裸の女性に無理矢理ブラジャーをつけさせる」、つまり相手の文化を問答無用で叩きつぶし、自分の文化を強制的に押し付けるやり方である。これは、元の文化がすっかり消滅するか、徹底的に反抗されるか、という結果になる。

翻訳型は、他国の文化を、積極的に取り入れ、さらに自分たちに適合するように変容するやり方である。これが成立する為には、文化を受け入れる側に、相手国と同じようなレベルの文化がなければならない。つまりドレスを輸入するには晴れ着が必要で、軍隊組織を輸入するには武士の作法、礼儀が必要だという具合である。明治時代の日本がこれである。

闇市は上記2型には当てはまらない。決してそれは押しつけではなかったし、敗戦で何も無かったので相手と同レベルの文化も無かったらしい。つまり言うなれば「闇市型」とでもいうべき、特殊な文化変容のパターンだったようだ。ポイントはやはり、下流層の人たちが積極的に文化輸入に携わったというところだろう。

この話を読んで、イラク戦争の事を連想した。アメリカは、イラク復興のモデルケースとして「日本の戦後復興」を挙げている。しかしそれはうまくいっていないらしい。やはりイラク庶民に最初から、アメリカ文化が拒否されたのでは、アメリカの思うようには復興はできないのではないか、この本を見てそのように感じる。

戦後の日本の場合は、やはりもう単純に、「文化変容は生きのびる為に必要だ」という、決定的かつ自発的な動機が存在したのだろう。なぜその動機が存在したのか、それは僕の無意味な邪推はやめておいて、闇市を経験した人に聞いておきたい。おばあちゃんが生きていれば、聞いてみたかった。

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2005年8月9日

2005年8月9日

えっと、いま粛々とWEBデザイン改良計画を進めております。イラストで埋めたいなと思っていたり…。

それと、8月18~23日、ライジングサンロックフェスに行くことになりました。一応名目上仕事ってことになってますのでよろしくお願いします。生ゲノム社CEOの須田さんがトークライブするそうです。僕はそれに引っ付いて行きます。ダメ工房員の鰆ちゃんも行くそうなので、なんとか現地合流したいです。ほかに行く人いたら教えてください。

そして船で行きます、北海道。アホか、自分。もろもろあって、ライブ後1日札幌観光します。さらに新潟でも観光します。それで予算4万、一人旅。

「ごろう船でRSRに行くの巻」、まあ道中楽しかったらアップします。

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