2005年12月23日

2005年12月23日

自慢じゃないけど、僕は安全運転しているほうだと思う。あんまり速度オーバーもしないし。停車してる車とか避けるとき、ちゃんとカチッカチッてやるよ。無事故無違反、次回更新時にはゴールドも狙えるよって感じでした。

でも今日は警察のお世話になってしまいました。ティケバブオ君ちに三脚とワイコンを借りに行く最中のことです。

何を違反したかと言うと、

「一時停止できちんと停止しなかった」だからだそうです。

ゆる~やかに曲がったのですが、警察の方は見逃してはくれませんでした。あとで後ろでサイレンが鳴っているのに気づいても、「あ、誰かほかの違反者を捕まえに行くんだな」と左側によって道を譲ろうとしたくらいでした。

しかし「そこの川崎ナンバー停まりなさい」と言われてしまった。

ああ、さようならゴールド免許。切符を切られているあいだ、警察官のひとりと和気藹々と笑い話をしてしまった自分にも後悔。警察官笑わせてる場合じゃないだろ。

罰金7000円、痛いですね。

僕のが違反だったら、いっそのこと、そこらじゅうのタクシーを根こそぎ捕まえてほしいです。僕はタクシーの運転が大嫌いです。

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2005年12月22日

2005年12月22日

昨日の追記…

杉本博司展。

なんだか釈然としないというか、気持ちが乱されたのは、杉本さんの作品がどうこうというよりも、自分が悪いような気がしてならないからである。

それもヘンな話なのだが、なんだか「ああ、受け入れられなかった…」ということが、まるで罪悪感のように襲い掛かってくる。

もう少し日を置いて考えよう。


ひとつ関係なく思うのは、森美術館てのは、どうにも好きになれない美術館です。いままで色々な美術館に行ってきたけど。

なにかこう、僕の中では、美術館と図書館ってのは似てるわけです。いや正確に言うと、図書館のにおいのする美術館がすきなんだと思う。

だけど、森美術館はどうにも、図書館のにおいがしない。あるいは、あの雰囲気で本が置かれていたら、僕は耐えられない。実際、あそこにあるミュージアムショップには行く気がしない。

ちなみに好きな美術館は、川村記念美術館と、原美術館です。川村は大日本インキの敷地内に入った瞬間から感動する。原美術館は、なんか優しくて包まれているよう。

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2005年12月21日

2005年12月21日

森美術館に杉本博司展を見に行く。

うむ…興味ないらしいぞ、この展覧会の内容に。
けっこうねばってみたのですが、ダメでした。自分の見えないコンディションに問題があったのかもしれません。

作品はどれも「こだわってるなぁ…」とうなってしまう素晴らしい完成度。逆にその完成度というかスキの無さが、自分としては息苦しかった。「早く出たいなぁ…」という気持ちばかりが先行してしまった。

でも直島に直接見に行った護王神社の作品は、すごく良かったわけです。あれは息苦しく感じなかった。なんでだろう。

そういえば直島のレギュラー陣(安藤忠雄、杉本博司、ジェームズ・タレル)って、何か似たものというか、共通項を感じる。地中美術館などはどう考えたって格好いいし美しいのだが、やはり入ったとたん「息苦しい、早く出たい」と思う。正三角形の庭を囲うコンクリート壁など、見ていると気がおかしくなりそうだ。ジェームズ・タレルに至ってはあまりの事態にしばらくパニックになってしまったくらいで。(作品としてはタレルが一番好きだったけど)


その後、六本木駅で、アトリエ~大学の友人、雄介とばったり。前にゲノム社のCS番組に出演してもらった以来だから、半年ぶりくらいかなぁ。しばし立ち話、髪が肩まで伸びてた。


読んだ本「自衛隊 VS 北朝鮮」

軍専門家による「北朝鮮に、国連による経済制裁が成された後」の非常にリアルなシミュレーションと、その対応、課題点などが詳細に記されている、実に興味深い内容。これを読み終わった直後は、いくら井上ひさしでも「もっと自衛隊を強化しなければ…」と一瞬思ってしまいそうだ。

リアルで且つ深刻な問題は、第二次朝鮮戦争が勃発した際に予想される大規模な難民問題だ。高校の日本語ボランティアサークルでインドシナ難民の子どもや家族と少し関わったこともあり、この問題は自分にはリアルに感じられた。

ただ「ボーリング・フォー・コロンバイン」においてマイケル・ムーアが主張しているように、疑心暗鬼になることが事態をさらに悪化させてしまうということもあるわけで…。

ただこの本は自衛隊とアメリカ軍の最高機密文書を元にシミュレーションを立てているのだが、だいたいそれ、どうやって手に入れたのかまったく触れられていない。しかも、新書にまでなって出版されたら、確実に北朝鮮の情報関係の人は読むだろう。

この著者が隠れ北朝鮮ゲリラで、あえて日本の問題点を晒していたり、あるいはその逆で、最高機密文書などでっちあげで、北朝鮮に間違った情報を与えようといった隠れた意図があるとしたら、ちょっと面白い。

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2005年12月18日

2005年12月18日

養老孟司「死の壁」

これ面白い。「バカの壁」はまぁまぁ面白いというくらいだったが、如何せん説教臭かった。こちらは、とりわけ「死」について語ったもの。解剖学者である養老さんにとって、死は身近な存在である。そして、解剖をする側の目線から、死とは何かを語る。こうした専門的な見地からの切り口が、この本を説教くさく見せなかった。内容は、僕が「創作喪中はがき展」を作るときに考えていたことと非常に近いことが書かれていたりして、共感を持った。安楽死問題や死刑の是非といった問題における、「それを執り行う人間」が抱える苦悩についてのくだりは、その着眼点からして新鮮だった。


日垣隆「世間のウソ」

世間にはびこる矛盾などについてネチネチと文句を言う本。高橋秀実の「からくり民主主義」に近い内容だが、「からくり…」のほうが、その着眼点、調査、批判精神などあらゆる点で面白かった。つまり、この本は物足りなかった。

特に「絵画市場のウソ」というチャプターでは、村上隆や奈良美智といった売れっ子美術作家たちの作品の値段について言及して、「彼らを除いて、ほとんどの日本人画家の作品は欧米の市場に開かれていない」などと主張しているが、結局だからナンなのかさっぱり分からない。美術について詳しくないならそんなトピックなど立てなければいいのだ。特に村上隆の場合は、こんにちの現代美術史を俯瞰したうえで、意図的に美術作品につけられる値段について考えている節があるわけだし、もっとあらゆる文脈から考えられるべきトピックだと僕は思う。

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2005年12月16日

2005年12月16日

今日はアートデー。マイアートサーカス。

朝むりやり起きると、「横浜トリエンナーレ」に行く。
前評判、および周囲の評判はすこぶる悪いが、僕はわりと好感をもって見られた。

ただ東南アジアや中国の作家のなかには、「こりゃ、ひどい」という作品も一定の量であった。なんか僕がこれらをひとまとめにしてしまうのは、表現方法がだいたい似ている気がするから。圧倒的な情報量を複数のメディアで畳み掛けるように訴えてくる。それは安直じゃないかと思うような政治的文脈を背景にしてきて、そしてそれをまとめきれてない。

一方で良かった作品は、パンフでいうと18番の、沈黙を察知した時にだけ光が灯る作品。シンプルだけど、その光をとりまく環境(みんなで沈黙を生み出そうとする一体感も含めて)すごく神秘的で、暖かくて、愛を感じたと言ったら恥ずかしいわけだが、とにかく良かった。一番良かったかな。

あとは電話ボックスの作品、奈良美智(ふだんは奈良さん批判を展開してしまう僕ですが、今回は貫禄を感じた。特に、倉庫の中を覗き見る作品は秀逸)、米田知子、あたりも良かった。

つづいて東京国立近代美術館「ドイツ写真の現在」展。
これは川村のリヒター展が良かったからってのもあって行ってみました。非常によかったです。僕は写真はドキュメンタリーに近いようなものが好きなのですが、今回展示された写真は割合そういうモノが多かった。どれも素晴らしかったけど、やっぱり圧倒的なすごさを感じたのはロレッタルックスの奇妙な子供の写真かなぁ。
画面のクオリティも凄まじかったけど、もはや皮膚が皮膚でなくなる感じとか、非常に恐ろしさを感じて、そこが良かった。

つづいてオペラシティの「シュテファン バルケンホール」展
これはすごい。なぜかキリコの絵を思い出してしまった。あれを立体にしたら、ここで作られているような木彫の人物像が片手をポケットに突っ込んでたっていそうだな、という感じ。優しくて、頼りなくて、ちょっと粗雑だけどやわらかい独特の木彫は、小さいのにたいへんな存在感をかもし出していた。
見ている間、どっかで見たことあるなぁと思っていたけれど、太田尻家に飾ってあるあの奇妙な人形たちと、たたずまいが似ているのだと気づいた。

同時に展示されていた相笠昌義とかいう油絵画家の絵も良かった。
彼の絵は、たとえばある風景が人々にとってどのような意味を持つのかを実に普遍的に描いているように思う。まず、ある風景に個々の背景を持って来ている人達に対する観察力がすごい。そして、個別に来ている彼等を再構築して、同じステージに乗っけてしまった。こうすることで、ひとつの風景が、その人によってまったく違うものであるということまで表現している。それは彼が若い頃、コラージュ作品に精をだしていたことと無関係ではないように思った。

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2005年12月15日

2005年12月15日

次のスローコメディのシナリオの、自分の中の締切は15日。つまり今日。う~ん、がんばります。14日は悩んで終わった。

前回の撮影時に気づいた、ビデオカメラVX2000の故障。やっと修理が終わって返ってきました。修理費3万円也。う~ん、年末に痛い出費。

デジタルノイズということで、まぁヘッドが汚れてるのかな、くらいに思っていたら、ビデオテープが接すると思われるところが軒並み「不良」だそうで、いろいろ交換されてた。

さらにボタン関係も悪くて。レンズ汚いのも全部ぴっかぴっかに掃除されて戻ってきた。なんか、新品みたいになってる。出費は痛いけど、ちょっとだけいい気分。

とりあえずこれで、ティケバブオ君から借りた卒業制作を見ることができます。感想遅れてごめんね。


いまさらノラ・ジョーンズを買ってみたんですが、すごい良いですね。驚きました。歌も上手。冬にぴったり。ジャズだけでなく、けっこうカントリーな音楽が入ってる。オルタナティブ・カントリーは好きだったんですが、こういう正統派もけっこう聞けるなと思った。

「One Flight Down」という曲、小沢健二の「夜と日時計」にそっくり。オザケンの元ネタ発見か?と意気込んだのですが、元ネタってことはこれは古い曲をノラジョーンズがカバーしたってことですか?調べたのだがどこにも書いておらず…。もし詳しい方いれば教えてください。

オザケンの元ネタを探して聞くのは、僕の趣味のひとつです。

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2005年12月14日

2005年12月14日

今日はまっき~、スワモトさんと、千葉の川村記念美術館にある「ゲルハルト・リヒター展」に行きました。

いや期待以上に良かった。僕には作ろうにも作れないような作品群だったけれど。彼の作風を僕なりに言うと「見えないレイヤー手法」だと思っているんですが、対象物までにはいくつもの透明のレイヤーが張られているように感じました。いい意味で突き放している印象を持ちました。

その「見えないレイヤー」そして「目に見えるレイヤー」含めて、非常にフォトショップ的な構造なんですが、彼の場合は実にアナログで(そりゃキャンバスに塗ってるんだからねぇ)それが良いなと。つまり生で、目の前で見て、触るように見ることのできる作品群だなと。ふだんは図版集めに必死な僕ですが、彼の場合、図版にするとその「見えないレイヤー」「見えるレイヤー」などの意味や表現の奥深さがすべて消失してしまうような気がしました。まあこういうことは、あらゆる作品について言えることなのだろうが。

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2005年12月12日

2005年12月12日

ダメ工房につづき、経堂系ドットコムも作業を進めました。ちょっと重くなったかな?

http://www.kyodo-kei.com/

僕流に言うと「微リニューアル」ですが、須田さん流に言うと「微乳アル」あるいは「美乳アル」だそうです。どっちでもいいです。

経堂系は、下北沢駅の工事がかなりゆるやかに進んでいるように、徐々にデザイン充実を図りたいと考えております。

性格的にどうもクールなデザインは不可能、ということで変なことをやってしまい子どもっぽくなってしまいがちな訳ですが(予備校時代からずっとそう)、この路線でよいクオリティのものを作れるように努力したいです。今はまだまだ…精進します。

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2005年12月10日

2005年12月10日

読んだ本を。

小田亮「ヒトは環境を壊す動物である」

環境問題を考えるに当たっては、まず「人間」について知ることがスタートになるよ、という本である。著者は、科学の進歩は早いが、「人間」の生物学的な状態は石器時代とさほど変わっていないと言う。石器時代の人間とは何かというと、一言で言うと「場当たり的」であるということである。したがって、盲目的に「資源を大切にしよう」と言っても、人間が目下、資源が必要であるという状況に置かれた場合、資源を使ってしまうのである。先のことは考えられない。

しかし「人間」の集団心理を分析すると、自分が置かれた状態についての情報を共有する集団においては、持続可能で長期的に安定した戦略を取り続けるという。著者は、この部分に、環境問題を解く鍵があるのではないかと言っている。つまり「地球規模の情報の共有」である。

ここにきてキーワードに「情報」という言葉が出てくるとは思わなかったが、今なら不可能な提案ではない。


宮塚利雄「誰も書けなかった北朝鮮ツアー報告」

まあタイトルの通り。著者は韓国語が話せるので、現地でできるかぎり勝手な行動を取り、落ちているごみなどを拾い集め、こっそり現地人と会話をしたりする。一般の旅行者にはそんなことはできないので、そういう意味では貴重な本である。また北朝鮮に行ってみたい願望が高まってきた。

著者によれば、やはり中国と北朝鮮の国境付近におもしろい事柄が転がっているようだ。ということは、やはり北京からの鉄道入国しか考えられない。う~む。


ジーコ「ジーコイズム」

ジーコがますます好きになる。中田英があと4,5人いれば、日本代表も世界で戦える、と書いてあった。

中田英があと4,5人か…。


中原英臣・佐川峻「愚問の骨頂」

愚問の構造についての本かと思ったら、科学者による実務的な本だった。かといって期待はずれでもなく、センター試験の問題設定や日常的によくある質問を「愚問」と認定して徹底的に批判したり、逆にメンデル、ニュートンなどが成功したのは正しい「賢問」があったからだと主張して、なかなか面白い。

著者にとっては、とにかく曖昧で包括的な質問は愚問である。質問はより、具体的でなければならない。そして、「正しい設問とは、すでに答えを含んでいるものである」と定義する。それは、そうかもしれない。

ただ僕が何を知りたくてこの本を買ったのかと言うと、人間が愚問を口にする背景が知りたかったのである。この本の内容自体は満足だが、そういう意味では物足りなかった。

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2005年12月9日

2005年12月9日

ここ一週間くらいは比較的、気持ちが安定しており、仕事なり制作なりを順調に進めることができています。この状態を継続させることが当面の課題です。

さきほどミヅマアートギャラリーに、僕の最もシンパシーを感じる現代美術作家、会田誠の新作展『「恋の前厄」展』に行ってまいりました。

ドアを開けた瞬間、会田誠ご本人が居りました。

当然ぼくはダメ工房のコンテンツ(http://www.dame-kobo.com/writings/rsr07.htm)でも書いているように、話しかけることはできなかったわけで、狭い展示空間の中、会田誠とふたりきり、無言でぽか~んとした時間を過ごしたのでした。

作品は相変わらずです。

顔がアスキーアートな6人が載ったワンボックスカーに3つの練炭が置いてあるきれいなグラフィックデザインが100個くらいコピーされている作品、大量の女の子が盆栽の上で増殖している作品、などがありました。

その中でも「おにぎり仮面の小さすぎる旅」という映像作品は興味深かったです。

内容は、でっかいおにぎりをかぶった「おにぎり仮面」の旅を追っていくシリーズものなのですが、朝目が覚めて天井を見るだけで1話が終わったり(たしか「起床」というタイトル)、のそりのそりと玄関のドアを開けるだけで終わる「出発」(旅立ち、だったかも)等、どれも発想が小学生レベルです。全20話らしいですが、僕が見た段階では3話までしかできていないようでした。

ほかにも1月21日限定での公開のようですが「日本に潜伏中のビン・ラディンと名乗る男からのビデオ」など、会田誠の映像作品にはそそられるものがあります。

以前大学の授業で、彼がアメリカで発表した「イデア」という作品(壁に大きく「美少女」と書いて、それを見ながら裸でマスターベーションをするパフォーマンスを記録した映像)」を見たときには、「やられたな」と思ったものです。

まだうまく言葉には出来ませんが、僕も取るに足らない映像の小作品を何らかの形で放出したいと、前々から思っているので、このような”どうってことのない”映像を作品として出品する意味はよく分かるのです。
※僕の作品の例でいえば、創作喪中はがき展で公開した映像「喪中はがき全国行脚」は、僕がいま一番やりたい映像展示の方法です。

会田誠について自分の思うところを語ると長くなるのですが、とにかくここまで表現のレベルを徹底的に浅く(≒幼稚に、バカに)できるのは、たぶん会田誠だけなのです。もちろん形をなぞることは誰にでもできるわけですが、それは必ず会田誠に比較され、会田誠ほどの価値が与えられる可能性が低いと思います。それは複製美術におけるアンディ・ウォーホールが持っている存在感に近いものがあると個人的には思っています。

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