2009年9月30日

【アヅマ日記】本当のスポーツ『SASUKE』

また SASUKE の季節がやってきた。

SASUKE をTVで見ていると、一大叙事詩を読んでいるかのような気持ちになる。裏番組が軒並み流行の「クイズ番組」を放送しているなか、SASUKE だけは、何かに取り憑かれたかのように鉄の塊に挑む参加者を黙々と映し出していた。おそろしく痛快な映像だった。

開高健は、「寓話とは諸性格の最大公約数を抽出してきて異種の典型に発展させる作業である」と語っている。SASUKE を見ていると、あらゆる背景があらゆる物語として透けてみえてくる。SASUKEに出場して好成績を残す人の多くは、都会暮らしではなく地方暮らし、もっといえば田舎暮らしの人たちです。村役場とか、田舎の消防士とか、船長とか、宅配業とか…そういった人たちがSASUKE では素晴らしい成績と印象を残している。競技の合間に流れる、彼らの日常の映像を見ていると痛感します。

都会は山ほど娯楽の選択肢があります。しかし、地方になればなるほど娯楽の数は少なくなっていきます。そこにあるのは、草臥れたスナックやキャバレーの類。華やかさとは無縁の風俗産業や、デパートというには背伸びをしすぎているかのような商業施設の類。結婚をした者は、子育てという楽しみが増えるはずです。地方暮らしの人たちは、都会よりも娯楽というものに対して純粋だし、娯楽への浸透性(中和性)も自然的であるような気がします。

若いときは、そういった環境下でもいくらでも遊びようがあったのかもしれません。でも、人間って30歳くらいを境に色々なことを戒めなければならない時がくるものです。地方では尚更のことではないでしょうか。そんななか、習慣だとかトレーニングなど無意識に続いてしまう(続けなければならない)マッスル・カリキュラムのある人たちがいる。生活のためか、はたまた何のためか、明瞭な答えはないだろう。

筋肉に“その日、その日”をインプットさせ続ける日々。自衛隊の人は、有事が起きたときか? 消防隊の人は、火災が起きたときか? 願わくば、起こらないほうがいいにきまっている。続けているもののアウトプットの場がない。そんな時、たまたまテレビに映った「SASUKE 」を目撃して、彼らは覚醒するのだと思う。

この覚醒の瞬間は想像するに(と言っても都会育ちの僕が言ってもあまり説得力はないが)、彼らにとって「ロマン」や「奇跡」そのものなのではないのだろうか。適当にスナックとか行って飲んだりとか、子供をあやしていたりしていた“体力のアウトプットを喪失した”人に「ファティマの奇蹟」が訪れる。

SASUKE とは、単なる人間ドラマや体力自慢ではないのです。現代における“一揆”であり、地方から都会への回答であり、士農工商の大決壊。彼らの力こぶの中には、乳酸のほかに社会性をも孕んでいると思うのです。全てが無に戻る、人間の躍動・原点がSASUKE にはあるのです。

SASUKE の熱にうかされた参加者たちを見ていると、ギリシャ悲劇の世界観にも似た生き様が描かれているかのようです。時に喜劇だが、SASUKE の大部分は悲劇以外のなにものでもないです。山田勝己の苦しみはSASUKE におけるプロメテウス、弱視で頂点を極めた秋山さんなんてSASUKE におけるオイディプス王。SASUKE オールスターズの結託は、いよいよテーバイ攻めの七将みたいな起伏を生み出してきた。常連軍団に憧れる新参の若者は、仕事を放棄してSASUKE のために体を鍛えるナルキッソスであり、世代交代の構図はアポロとディオニュソスの対比のよう。彼らの活躍を見ていると、あらゆる物語と交錯します。

長野誠船長は、ジャンボ鶴田以来の怪物であり天才。SASUKE にのめり込むあまり仕事をリストラされ、家族からも「もう辞めて」と言われたにもかかわらず、「俺には…、SASUKE しかないんですよ」(自分の職業はSASUKE です)とわけのわからないことを言い放った山田勝己は道化であると同時に英雄。爆笑と涙が止まりません。森光子にかわって『放浪記』の主演を演じれるのは、性別が変わってしまうけど山田勝己しかいないのではないでしょうか?!

戦前・戦中時代のスポーツは、政治(帝国主義)の広告・道具として担がれていました。戦後は、お金を生み出す広告塔としていいように使われます。いつしかメジャースポーツの大半は、利権まみれになってしまい、見ていて心から清々しさを感じるものが本当に少なくなってしまったと、僕なぞは思います。ですが、SASUKE の素人参加者を見ていると、そういったものをまったく感じません。

マラソンの由来は、かつてギリシャとペルシア間で行われたマラトンの戦いから来ています。ギリシャ(アテナイ)軍は、劣勢であったものの見事勝利し、その喜びを伝えるため、1人の傷だらけ兵士が伝令となり、マラトンからアテネの城門までなんとか駆け抜けたといいます。その距離が、約40キロ。マラソンの由来を見ても解るとおり、スポーツとは、真に肉体との対話であり、栄光なるものなのです。ですから、このときばかりは僕は、ほとんど点けないテレビを点け、まったく見なくなったテレビ欄をチェックします。彼ら、特にオールスターズの勇姿を見逃すわけにはいかないからです。

SASUKE オールスターズの面々は、黒澤の『七人の侍』の菊千代のような加速感と危急感があります。兵農を分離できていない感覚が素晴らしいのです。一領具足的な生き様です。ただ生きているだけなのに、ずば抜けた表現力と人間的奥行きが垣間見えてきます。テオ・アンゲロプロスに勝るとも劣らない現代史、それがSASUKE です。しかも、こっちは眠くなりません。まことに驚くべきドキュメント番組なのです。

嗚呼、次の放送が待ち遠しい…。

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#Keisuke Oosato|ごろりの日記, アヅマ日記|コメント・トラックバック(0)

2009年9月27日

さらば

IMG_7234

写真は荻窪駅北口の、今は無き飲み屋街での1コマ。

9月7日、この日「もじあるき」のロケハンで荻窪を訪れた僕が、駅の地下改札から登って外に出て、突然突きつけられたお知らせ。

「4年間のご愛顧、本当にありがとうございました 立ち飲み 金魚」

金魚を初めて訪れたのは数年前、当時お世話になっていたプロデューサーに連れられての事だったと思うが、塊から直接ほじくり出して供されるチーズと串焼きが美味しくて、基本立ち飲み屋なのだが、随所に溢れる洋風な雰囲気が新鮮でその後何度か訪れるようになったのだった。
ロケハン数日前にも荻窪で遊んだ帰りに立ち寄って、熱々のマッシュルーム煮の油をフランスパンに漬けながらホッピー、というスペシャルコンボを堪能していた。
そこでこの寂しいお知らせである。

お隣の焼き鳥屋・鳥もとのシャッターにも、新たな移転先の書かれた地図が貼られている。
いつ来ても軒先まで客がひしめく繁盛店だった鳥もとのお知らせは少なからざる通行人達の興味を引く様で、「えー、無くなるの?」とか、「この立地最高だったのに」などと話す声が漏れ聞こえていた。

そこでふと周りを見渡すと、無骨なバスロータリーの向こうにそびえ立つタウンセブンがある。戦後の闇市から発展した商店街の各店舗が、老朽化に伴い集まってテナント入りした商業施設である。
屋上には昔懐かしいプレイランドが、東京では珍しくサラリーマンよりも子連れのお母さんの方が多く居る割合で賑わっている。
ここで重要なのは、28年前、当時のニューオーダーだったであろうタウンセブンが、28年後に手に入れたものが「懐かしさ」である点だ。

確かに一見バラック小屋の様な、闇市の面影を残す金魚の一角が無くなってしまう事は寂しいが、タウンセブンの事実は時の移り変わりを人々に承諾させるのに十分な事実だ。

何だかバスロータリーを挟んだこの状況は、昔Jリーグが発足した時の教室の雰囲気に似ている。
クラスの大部分が少年野球チームに所属する中、それまで肩身の狭かったサッカー派が、校区を越境してサッカーチームのある学校まで通い始めたフロンティア的な格好良さと、後年すっかりサッカーがメジャーになった状況で頑なにバットとグローブを離さなかった野球少年的な格好良さと。
今や野球とサッカーは同じ位の割合で普及し、楽しまれているが、「寂しい」が「悲しい」に感じるのはどちらか一方、もしくは両方の存在がゼロになった時だろう。
つまり荻窪で言うと、闇市的な建物が一切無くなった時か、地震でも起こって一帯が更地になった時である。

今はフェンスで囲まれた金魚の一角の工事が着手されるのは数ヶ月先らしいが、それまで束の間の3年荻窪組の雰囲気を楽しみに、これから何回か行われるロケハンで足を運ぶのは悪くない。

またさらに20年後、荻窪はどうなっているんだろうなあ。



【おまけ】
IMG_7229
タウンセブン屋上にて撮影。次回「もじあるき」で、FRP製のチューブみたいな遊具から顔を出して喋るオープニングが良いんじゃないかと試し撮りした結果。
「どう見ても打ち首」という意見が多数だったため、今回は没に。

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#よっつ|よっつの日記|コメント・トラックバック(0)

2009年9月21日

もじあるき 自由が丘/武蔵小山編 放映日

こんにちは、ダメ工房員の大里&吉村です。

ダメ工房で制作している、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」武蔵小山編、および前回もお伝えした自由が丘編の放映日のお知らせです。

20090320

【放映日】
9/25(金) 自由が丘編(10分)
10/2(金) 武蔵小山編(10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は自由が丘で「く」、武蔵小山で「い」を探します。

【よもやま話 from よっつ】

今回は各シャープ共、色々な意味で「挑戦」でありました。

先ず自由が丘編は、昨今流行りの「ゆるい散歩モノ」に新機軸を持ち込もうという事で、「メメント方式」を取り入れました。つまりエンディングのシーンから始まり、全体的には回想録というイレギュラーな構成です。
少し早いかも知れませんが、「芸術の秋」というテーマを軸に巻き戻る「終わった散歩」をお楽しみ下さい。

そして武蔵小山編は、「食欲の秋」という事で東京一長いアーケード・武蔵小山パルム商店街で収穫祭を敢行しました。こちらはその収穫祭を表現するために虚ろな目になるまでアッフェと格闘する事になり、さらに偶数フィールドの罠にはまって(こう書くと平沢進みたいだな)しまい、個人的に少し心配なのですが、ラストは優哉君ファン随喜の涙であろう、優哉君のあられもない丸見え画像でクライマックスを迎えます。まさにX-rayバイオレンスです。

ちょっと頑張り過ぎて、久々に局サイドからチェックが入ってしまいましたが、力作ですので是非ご覧下さい。

20090921

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#Keisuke Oosato|ごろりの日記, よっつの日記|コメント・トラックバック(4)

2009年9月15日

「もじあるき」自由が丘編 放映日

こんにちは、ダメ工房員の大里です。

ダメ工房で制作している、BSフジ「Beポンキッキ」の1コーナー「もじあるき」自由が丘編の放映日のお知らせです。

20090320

【放映日】
9/25(金) 自由が丘編(10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は自由が丘で「く」を探します。

【よもやま話】
子ども向けのナチュラルテイストの街歩きコーナーで、やってはいけないことがいくつかあるという。そのすべてをここで羅列することはできないけれども、どうやら今回の編集は、その「やってはいけないこと」のひとつに引っ掛かってしまったらしい。たとえば、エンディングからスタートするというようなことだ。でも、そのまま放映されることになった。飽きっぽい僕たちにとっては、たまにはこうした「お遊び」も良いんじゃないかと思っている。音楽は王道でビーチボーイズです。

20090915

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#Keisuke Oosato|ごろりの日記|コメント・トラックバック(0)

2009年9月10日

【アヅマ日記】恥ずかしながら帰ってまいりました

前回の内容が、子供番組上ではなんら活かしようのない「片目」「暗殺」「いそぎんちゃく」といった言葉が並んでいただけに、今回は爛々とした未来のお話でもして、お口直しというか、お茶を濁したいと思います。

先日、弥生美術館で開催中の『昭和少年SF大図鑑展』に行って参りました。

S20~40′に人気を集めた空想科学やSFを題材にした雑誌の表紙絵、口絵、絵物語、漫画などを一同に集めた展覧会です。僕の大好きな小松崎茂を筆頭に、伊藤展安、梶田達二、南村喬志などの作品を見れるということで、非常に楽しみにしておりました。

弥生&竹久夢二美術館はとてもこじんまりとしており、区分けされた展覧スペースも比較的小さなものです。お寺の宝物館くらいのスペースといったらいいでしょうか。ですから、そのような狭隘なスペースに(もちろん、人が往来する余裕はあります)、レトロフューチャーな作品群が列挙された場合。僕は、なんともいえぬ圧倒感とトリップ感を感じずにはいられませんでした。

小学校や中学校のころの自分の勉強机上、はたまた自分の部屋の“いい意味でも悪い意味でも収拾のつかない散乱模様”に似ている気がしたのです。その空間には、果たして必要であるのか・そうでないのかわからないようなものまで放置されていたかと思います。同様に、弥生美術館1Fのフロアに広がるスペースにも、「宇宙タワー」などの未来的な発想のなかに混じって、「氷獣ドライス」だとか「ウラン沼」といった類の“わけのわからない形で表現された未来”が散乱しているといった具合だったのです。

しかし、それらは当時の状況下では、間違いなくどちらも『未来の姿』であり、夢に溢れているものでした。むかしの自分の部屋にいるのではないか、と錯覚してしまいそうです。そういった古き良き未来を眺めていると、おのずとニヤニヤしてしまうのですから困ります。加えて、弥生美術館のスペースがほどよく狭い。そういった舞台装置もあいなって、この空想科学の絵のエキセントリックさが、四方から海馬に迫ってくるかのようでした。

春先に、千葉の川村記念美術館へ工房員の面々で、『マーク・ロスコ展』を見に行きました。ロスコのような“広大なスペースに絵が一点”という空間装置とは対極です。ですが、どちらにもいえるのは、トリップさせるかのような演出に対して「すごいなぁ~」と、首肯せざるをえないということです。

時代背景と流行SF絵の流れなどは、『昭和少年SF大図鑑』(河出書房新社)に詳しく記載されているので、そちらを参照にしていただければと思います。「FBIが開発した“自動たいほ器”」「マンモスしょくぶつ」「人工たいよう」などなど、このころのSFは本当に無責任というか奔放で、今見てもワクワクします。

こういった無茶苦茶な発想(といいつつも、改正建築基準法施行による霞ヶ関ビル着工や新幹線開通など時代背景とシンクロするように画も描いていたわけですが)は、後年になり、「超人強度100万パワーのウォーズマンが、両手にベアクローをはめ、二倍のジャンプをし、いつもの三倍の回転を加えて必殺技スクリュードライバーを放つと“何故か1200万パワー”になる」といった『ゆでたまご理論』などへと受け継がれていったのだと思います。

この展覧会には、戦前の貴重なSF資料などもあり、そのひとつに『未来の姨捨山』(大正期)と題された挿絵がありました。

『いずれ人口が爆発して、お年よりは必要なくなる。だから、未来では宇宙船にお年よりを旅行だと偽って搭乗させ、そして火星あたりにきたら、そのままポイッと宇宙スペースに捨ててしまえば、罪悪感も感じずに姨捨山ができるゾ』

といった内容で、筒井康隆あたりがネタにしそうなブラックユーモアに思わず笑ってしまいました。小泉内閣による陰湿なお年寄りイジメの医療制度改革よりも、よっぽど洒落が利いていて好きです。

海野十三の書籍の初版なども展示されており、SF文学好きも楽しめる展覧会でした。SF文学といえば、江戸川乱歩が日本SF小説界にもたらした恩恵は有名な話。S20~40′までを空想科学全盛と称した場合、その前にある戦前期において、まちがいなく流行作家の一人であった乱歩ですが、晩年は得意のミステリーや猟奇ものからは退き、空想科学小説に傾倒していきました。

昭和一桁代は、読み物においては(大衆は)『エロ・グロ・ナンセンス』、(文壇は)『プロレタリアート文学』の時代です。「芋虫」でその地位をゆるぎないものとした乱歩でしたが、当時、猟奇殺人などが起こると、乱歩自身が「容疑者ではないのか?」と後ろ指をさされることも多かったといいます。そのような中で乱歩は衰弱し、世間もまた乱歩作品を遠ざけるようになっていきました。

その後、起死回生とばかりに「怪人二十面相」(昭和10年)を書き少年探偵団が大人気となるや、エログロからの脱却を見事に成功させるのですが、翌年から始まる日中戦争の影響で「探偵小説は反体制的」とされ、警察・内務省の検閲は激化し、太平洋戦争開始後(昭和16年)に乱歩作品は全て絶版になるという憂き目に遭ってしまうわけです。敗戦後、乱歩は失意の中から、探偵小説専門誌「宝石」を立ち上げ、産声を上げたばかりの日本SF小説家たちにも尽力を注ぐこととなります。乱歩ほど絶望の淵から蘇った作家はいないと、僕は思いますから、非常に尊敬するわけです。

乱歩と同年代を生きていた太宰治は、あがくこともなく夜露のように消えていき、昭和一桁代にプロレタリア文学の旗手として文壇に登場した小林多喜二は、特警のリンチによる壮絶死を遂げる(この事件を機にプロレタリア派も瓦解する)わけですから、乱歩の不死鳥のごとき再興は、日本文学史上において非常に咀嚼しがいのあることだと思います。

話が長くなりましたが、乱歩は一体「空想科学」に何を見たのだろうか。

江戸川乱歩が蘇った要因のひとつとして空想科学があるのは疑いようもないわけですから、彼もまた、弥生美術館に展示されている当時の雑誌の挿絵を見て、僕らと同じく、同床異夢の未来へ思いを馳せていたのかもしれません。

そんなことを思いながら、確認作業のため、僕はごろうくん宅へと赴きました。その日、ごろうくんとよっつくんは、編集作業をしており、“現在”と対峙しているわけです。僕は“未来”から“現在”へと帰還するわけですから、スイッチをきちんと切り替えなければいけないと反芻していました。

彼の家の前に到着し、インターホンを鳴らすと、ごろうくんは“夏への扉”を開け、僕を“マイナス・ゼロ”へと迎え入れてくれました。




……

なんという二人の疲れた表情!!


一気に現実へと引きずり戻された感じでした。

僕は、気が付くと「恥ずかしながら帰ってまいりました」と報告していました。そうとでも言わなければ、この現実感に押しつぶされてしまいのではないかと思ったからです。よっつくんの表情は、先ほど、美術館に展示されていた「氷獣ドライス」と同じ表情をしておりましたし、ごろうくんにいたっては、「未来の姨捨山」に描かれていたお年寄りを放擲するための宇宙船を操縦するパイロットと同様のシビアな顔をしておりました。

氷獣ドラ…よっつくんの傍らにあるPC画面に目をやると、いったい何の編集をしているのか検討もつかない「ⅩーRAYバイオレンス」カットが映し出されており、彼らは「『もじあるき』じゃなくて『ロミオ・マスト・ダイ』でも作っているのか?!」と、僕の心臓は飛び出るかの勢いで動揺してしまいました。

確認してみると、それはどうやら『もじあるき』の編集のようでしたが、今回のロケにジェット・リーは同行していなかったはず。
ですが、彼らは疲れのなかでも満足そうに編集作業を、独自のスタンスで楽しんでおりました。その姿を見るや、僕もホッとし、確認作業へと入りました。

昭和の中期には、色々なものが未来化していきました。

雑誌のなかには、おかあさんを手伝う「おかあさんロボット」なども描かれていました。しかし、この編集作業を筆頭としたモノを作るということは、やはり最終的に人の手以外にないのです。さきほどまで僕が見ていた未来は、どこかに到来するのかもしれません。
ですが、現実も未来も、ここに一つしかないのです。その中で常に、“たったひとつの冴えたやりかた”をしていければいいなぁ~と思う今日この頃。

されとて、それは難儀なワザ。SF大図鑑をパラパラとめくり、現在からの脱却・逃避を繰り返し、再びレトロフューチャーへと吸い込まれていく自分の顔は、明らかに「恥ずかしながら帰ってまいりました」と、挿絵の彼らに投げかけているわけですから、本当に困っている次第です。

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#Keisuke Oosato|ごろりの日記, アヅマ日記|コメント・トラックバック(0)

2009年9月5日

まったく活かせずゴメンなさい。(アヅマ日記)

こんばんわ。工房員の我妻です。


現在、ごろうくんとよっつくんが鋭意『もじあるき』の編集中であるため、今日は僕が文字を綴らせていただきます。

『もじあるき』ロケが終了すると、その後は神の右手でファイナルカット、悪魔の左手でアフターエフェクトを使いこなす両人による“果てしない編集作業”へと移行します。二人の邪魔にならないように、その間は基本的に僕の出番はありませんので、ごろうくんやよっつくんとは確認作業以外では会いません。

今回の編集作業時間を振り返ってみると。

二人が編集をしているであろうときに、僕は“秋本治の悪口をいっていた”だけのような気がします。

「服装の着こなしが田中義剛とそっくりになってきたッ。”こちら勘違い区勘違い公園前勘違い所”に改名してほしい」

などといっていたように思います。

そんなわけで、編集作業中は上記を含めて、色々と単独行動する機会が多くなります。今回、僕は映画を鑑賞してきました。

-------------

『怪談 片目の男』
(1965年/84分/東映/モノクロ)
主演・西村晃 他・中原早苗 北条きく子 三島雅夫etc

和製ロン・チェイニーこと、邦画史上屈指の名優・西村晃扮する恩田社長が水死体で発見。残された多額の財産をめぐり、関係者一同が集まるも……それが西村地獄の始まりだった。007は二度死んだが、この映画の西村晃は二度殺される?!

『散歩する霊柩車』『怪談 せむし男』など、ホラー系でも稀有な存在感を見せ付ける西村晃による『怪談 片目の男』。樹下太郎の小説『散歩する霊柩車』がユーモアに溢れた傑作短編ミステリーだっただけに、映画版を見逃したことは不覚以外の何物でもないけど、今回の『怪談 片目の男』を観ることが出来て良かった~。西村晃の怪演以外に見所がほとんどない『怪談 せむし男』よりも、『怪談 片目の男』のほうが遥かにストーリーも含めて見ごたえがありました。そういえば、中原早苗(深作欣二の奥さん)の演技が、まともだったのも意外。むかし、深作の『狼と豚と人間』を見たときに、あまりの棒読みっぷりにひっくり返ったのはいい思い出です。

-------------

『日本暗殺秘録』
(1969年/142分/東映/カラー)
出演・片岡千恵蔵 千葉真一 田宮二郎 菅原文太 鶴田浩二 高倉健 吉田輝雄 若山富三郎 藤純子etc

上映当時、自民党幹事長が東映・大川博社長に上映禁止を要請したという問題作で、現在にいたってもソフト化されていないレアムービー。桜田門外の変から2.26事件までのテロ事件の主犯たちを、東映オールスターズがオムニバス形式で出演するという説明不要&不明な内容こそ、一番の破壊活動でしょう。“鑑賞者置いてけぼり”間違いなし!?

一見、「?」な映画ですが、テロが終わると時代が進むという無茶苦茶な展開を、いやはやどうして天才・中島貞夫監督がデモーニッシュに演出することで、最終的な段階になって、ますます「?」が増長していくという作品。禅問答だよ、これ。もはや何の映画か分からないけど、70年代東映好きとしては、とにかく「東映 is Back!」と叫んでしまいたくなる作品なのは間違いなしです。それに大スターの競演と名演を見れたのも個人的に大満足。千恵蔵御大は、やっぱり素晴らしい。大人気漫画『ONE-PIECE』における“サンジが海上レストランから見送られるシーン”は、“千葉ちゃんを見送る千恵蔵御大の演技に捧げるオマージュ”だと勝手に推測。

それにしても、1分ほどのカメオ出演の吉田輝雄の爆弾投擲シーン(大隈重信爆殺未遂事件のくだり)が妙に素晴らしかったなぁ。
本当に輝雄さん、喋らないとスマートでカッコいいんだよね。あと、大久保利通暗殺シーンに出てくる唐十郎&状況劇場の面々の顔がほとんど写っていないという荒業演出にもビックリした。「あれ、唐十郎出てた?!」となること請け合いのカメラワーク。さすが中島貞夫監督。

渥美マリ主演の『いそぎんちゃく』も観てきましたけど、間違いなく言えるのは、まったく『もじあるき』に活かすことのできない映画を見てきたということなわけで、二人には申し訳ない気持ちでいっぱいです。気持ちいいくらいに活かせる要素がゼロの映画たちです。『いそぎんちゃく』に関しては、体ひとつで男からお金をむさぼり取る女性のお話でした。すみませんでした。

次回の単独行動は、もうちょっと考えます。
編集と偏狂の区別は難しい。

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#Keisuke Oosato|ごろりの日記, アヅマ日記|コメント・トラックバック(0)

2009年9月2日

「もじあるき」鎌倉編がすでに放映済でした…

こんにちは、ダメ工房員の大里です。

どうやら、今日が「もじあるき」鎌倉編の放映日だったそうです。連絡ミスがあり、僕自身もさきほど知ったという状況なので、ここで前もってお知らせする事ができませんでした。このブログで放映日を確認されている方もいらっしゃると思います。申し訳ないです。

もう遅いですが、一応再放送は夕方からなので、念のためここに情報を載せておきます。また、フジテレビキッズのHPで、土日はオンエアされるようです。(ただしBGMはフリー音源で、テレビオンエアのバージョンとは雰囲気が違います)

20090320

【放映日】
9/2(水) 鎌倉編(10分)

BSフジ「Beポンキッキ」
朝7:30~8:00 (再放送 夕方5:00~)

【インターネット配信】
フジテレビKIDSクラブにて、各放送週の金曜〜日曜まで配信

【出演】
チェルシー舞花/清水優哉

【内容】
街を歩きながら、毎回決められた文字を探すコーナーです。
今回は鎌倉で「ら」を探します。

【よもやま話その1】

鎌倉といえば鶴岡八幡宮なのに、鶴岡八幡宮には行かない。鎌倉といえば大仏なのに、大仏なんて見ない。これが、「もじあるき」制作開始以来の一貫したポリシーです。確かな野党です。でも大仏さんは、僕たちのことを遠くから見守っていらっしゃいました。江ノ島編と併せて「雨の2作品」となりましたが、どちらも思ったよりも良く作れたのかなと思います。BGMについても、偶然充てたステレオラブの曲が、どこか異次元に連れて行く展開を見せてくれたので、それに合わせて映像を切り刻むというお遊びを施しました。見ている方が面白いと思うかどうかは謎ですが、作っているほうとしては新鮮な作業でした。

なんといっても、鎌倉はロケハンが楽しかった。以前日記に載せたキャラウェイというカレー屋さんも良かったし、単純にいろんな道があって、いろんなお店があって、毎回小旅行気分だった。修学旅行生も多かったし。小町通りの終点くらいに、川崎大師のせきどめ飴を売っているお店があるのだが、あそこの修学旅行生の群がり方はすごかった。いつ、どの時間に行っても、だいたい5〜10人の子どもが、売り手の兄ちゃんの話を食い入るように聞いて、笑っている。子どもが住んでいる地域のバックボーンの違いとか、男女の性差とか、もうそういうのを飛び越えて、誰も彼もが、例えは悪いが、ハエがハエ取り紙にくっつくみたいに群がっている。あの兄ちゃんは一体、なにを話しているのだろうか。あれで実はあの兄ちゃんが談義僧で、子どもたちに説法しているんだとしたら感動する。

【よもやま話その2】

あと、今回はふたりの衣裳のプリント部分をデザインしました。Tシャツのデザインとかしたことが無かったので、意外と時間がかかってしまいました。仕上がりとしては、「もじあるき」の企画意図がよく盛り込まれた作品になったかな、と。またなんか作ってみたいし、シルクスクリーンの技術も獲得したい、と思った。そうすればもっと、色々と実験したりできるし。

20090902

このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ! コメントを見る ブックマークに追加する

#Keisuke Oosato|ごろりの日記|コメント・トラックバック(2)
Page 1 of 0