2009年12月31日

タイとガーの区別もつかない

今年は今まで生きてきた中で体験した事の無い痛みを2度味わった。

ひとつめは、かつて無い頭痛だ。それは高山病に起因する。
夏に富士登山を敢行した結果、8合目辺りから立っていられない程の頭痛が襲ってきた。

もうひとつはつい最近、歯が痛かったので最寄の歯医者に行ったのだが、治療をすればする程痛みが増し、眠れない夜を幾晩か過ごした。
結局他の歯医者へ行ってみると、見当違いの歯を治療していた事が発覚―要は最初の歯医者が藪だったのだが、奥歯を1本抜かれ、その奥歯は今僕の部屋で崩れたラピュタみたいに飾られている。

年内に3度目の痛みが来ませんようにと願いながら今、残り数時間になった今年の内にそれは来ないようなので安心している。

抜歯したせいで余儀無くされていた禁酒も、さっき年越し蕎麦を食べた時に解禁した。
幸い痛み等はまだ起こっていない。


仕事に関して言えば、ほぼ「もじあるき」の制作に没頭していた1年だった。
少ないながらもDVD化を望む声も聞こえてきたし、単に好き勝手やってるだけじゃなかったんだなと、良かれと思ってかけた迷惑もある程度実を結んでくれたのかなと、手前味噌ではあるが、そんな印象を持っている。
年末行われたポンキッキの打ち上げでは、スタジオで顔馴染みの無い僕らスタッフを気遣ってくれたのか、「もじあるき」に触れてくれたチェルシーと優哉君の2人の挨拶が嬉しかった。


(私信)
チェルシーからもらったムックのクッション、この赤野郎、お前は抜け毛が酷いな。


「もじあるき」が一段落着いた頃、一緒に演出していたごろうさんと2人で飲んでいた時にした話は印象深く残っている。
おそらくそれまでの仕事の関係上、個人で全てを統括する事が可能な立場に居る事が多かったであろうごろうさんと、映像制作という良くも悪くも共同作業せざるを得ない業界に比較的長く居る僕。その2つの真反対な視点が在る共同制作で僕は、センスの合う人との分業の威力の大きさを実感した。個人で何処までできるかという事の大事さを痛感した。
そういう意味では丸儲けな、この先当分は無いであろう良い仕事だったが、解る人にしか解らない例えで申し訳無いが、「まじかる☆タルるートくん」の江戸城本丸と原子力の心の交流の様な事態になってしまった事も事実だ。そしてごろうさんにとっては心労の大きい部分もあった仕事であっただろう。迷惑をかけたと思っている。なぜなら比較的そんな仕事に慣れている僕ですら「しばらくひとりになりたい」状態をその後迎えたからだ。自分の持っていないものを1年間まざまざと見せ続けられて無力感を蓄積していたからだ。

その後のアメリカ旅行で、グランドキャニオン、モニュメントバレー、ホワイトサンズ等、人気の無い場所を目的地に選んだ事、あまつさえ交通手段はレンタカーメインという選択は、それが大きく影響していたと思う。物理的な孤独を求めたが故のという意味でだ。
ただ、それを上回る覚醒感を旅行で得てしまい、正直に言えば先に書いた様なもやもやは「どうだって良いや」という状態になってしまった。なり過ぎて「この先何でもできるわい」という全能感を、さらにそれが進行すると「…じゃあ何すれば良いんだろう」という焦燥感に変わった。今も少し続いているが、携帯電話を盗まれるというおまけもついて何だかリセットボタンを押された感じだ。


(私信)
そういうわけで友人の皆様へ、携帯と一緒に住所録の大半を失ったのと、年内に暇が無かったため、年賀状は間に合いません。


話は変わって、僕は第一印象というものに頓着しない人間だという事に気付いた。初対面の人との出会いは、その人の印象よりもその場の状況とか、出来事で覚えがちな人間だと気付いた。
故に僕はなかなか人の名前を覚える事ができない。
しかし今年関わった人の名前については、ある程度はっきり覚えている。
それだけ充実した年だったのだと思う。

来年は人の名前を覚える努力をしたい。

あとは小規模で良いから何か作りたい。
実際こんな気分は久しぶりだ。
ここ2、3年、ある程度意識して「もう自主制作はやらん」と自分に発破をかけていて、それが昨年の商業映画に繋がったとは思うのだが、そのモードも解きたくなっている。


とりとめない文章になってしまった。
残り僅かとなりましたが、皆さん良いお年を。

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2009年12月28日

2009年を瞬間的に振り返って

こんばんは。工房員の我妻です。

早いもので今年も幕が閉じようとしています。
先だってTVを見ていましたら、「裕也さんにとって今年の漢字一文字は何ですか?!」と問われた内田裕也の答えが『R』(ロックンロールのR)だったのを見て、「はて自分にとって今年はどんな一年だっただろうか?」とちょっと考えてしまいました。色々ありましたが、僕にとっては、やはり今年の漢字一文字は「スイス」以外には考えられません。
念願であったスイス旅行に行ってきた。その一言に尽きる一年でした。


≪ゴルナー氷河にて≫

スイスという小国は、とても多面的な魅力に富んだ国です。

『黒いスイス』『スイスの歴史―知恵ある孤高の小国』
ここら辺を読んでいただければ、“攻めず、されど屈せず”というスローガンを掲げて自立してきた軍事国としてのスイスの魅力がお分かりいただけるかと思います。
事実、現在もスイスにおける第一位の産業は軍事産業であり、山をくり抜いて自然の格納庫にしたりするリアル・サンダーバード的世界観は一見の価値アリです。北の将軍の三男坊が首都・ベルンに留学していたというのも、この国から知恵を盗みに行ったと考えれば納得なのです。

ルイ14世支配下のブルボン王朝最盛期(フランス)と、ヨーロッパ全土に食指を伸ばすハプスブルグ家(ドイツ・オーストリア)に挟まれながらも独立を保ってきたスイスは、さながら上田城の真田昌幸を見ているかのようですし、『ベルサイユのバラ』などで、アンドレやオスカルといった歴史の表舞台に立つ者とは対照的に、“血の輸出”として暗君を守らねばならなかったスイス兵の牢人的立場などを見ていると、スイスという国は歴史好きの方にもオススメできる国であると断言できます。

資源のない日本は今後観光立国としての形成も視野に入れないといけない、などと言っていますが、スイスのそれをみていると『ごめんね、ごめんねぇ~』と叫ばずにはいられません。
そもそも公用語にドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の4つが制定され、サービス業を営む人は英語も必須となるので、スイスで観光業を営む人は、最低3ヶ国語は喋っているわけでスタートが違いすぎたりします。
観光地には、『夏季にはベランダに花を飾ること』などの法律があり、街としてのデザイン設計・維持も完璧。マッターホルンの山麓町・ツェルマットは、約40年も以前に環境保護のため、エンジン搭載車の乗り入れ禁止が制定され、その代わりに走る電気自動車や馬車が街のデザインの一部としてすんなり溶け込めるような雰囲気でつくられていたりするのです。


≪ツェルマット駅周辺≫


≪駅から5分ほどでマッターホルンがこんな感じでみえます≫

観光地以外のルツェルンやベルンといった都市地域も、静謐という言葉がピッタリの歴史と美しさに溢れた街でした。とかく歩いていて楽しいのです。チューリッヒやジュネーブなどの国際都市になると、ヨーロッパのよくある大都市になってしまい、個人的興味もあまりなくなりますが、それでも六本木・表参道あたりに比べれば遥かに居心地が良かったです。


≪湖と山に囲まれた静謐の都・ルツェルン。湖と山…ということで諏訪を連想されるかたもいるかもしれませんが、全然違います≫


≪世界遺産の首都・ベルン≫


≪ベルンの旧市街地。アインシュタインが住んでいた家もあります≫

金融立国としての説明はいまさら必要ないでしょう。サブプライム以降、さすがのスイス銀行も現金引き落としの上限や方法を改定したのですが、それでも「頭、オカシイんじゃないの??!」というようなバカルールは健在です。EUに加盟せずとも運営していけるスイスフランの強さは、リーマンショックでドルやユーロや新興国通貨が大幅下落を記録したなか、そこそこの下げ幅でソフトラウンディングできたことで実証済み。

と、まぁスイスの第二次産業(インフラ整備)などまだまだ綴りたいことはあるのですが途方もない量になってしまうので、ここらで旅の写真でも貼り付けてお茶を濁したいと思います。


≪モンブランへの見える展望台『エギュ・ド・ミディ』からの眺め①≫


≪モンブランへの見える展望台『エギュ・ド・ミディ』からの眺め② この世の景色とは思えませんでした。“自分は死んでしまったのか”という錯覚を覚えました≫


≪峠越えの一部。自転車でもOKですし、トレッキングコースも必ずあります。恐るべきインフラ網!!≫


≪アイガー付近を歩き始めた頃は雪が降ってくる有様で、死ぬかと思いました。『覚せい剤』と『山をナメること』は絶対にダメ!!≫


≪インターラーケンのカジノ。外観が完璧に、“ドラクエにてレベル18くらいで訪れる最初のカジノ”でした≫


≪ユングフラウ展望台は悪天候のため封鎖。吹雪いていたため窓からは何も見えず。結果的に、『コーヒーとクッキーを食しにユングフラウまで行った』という襟裳の春以上に何もない有様となりました≫


≪武士道とはベルンのおもちゃ屋で死ぬことと見つけたり! どんなボードゲームなのか凄い気になった。リーチの時は“ブラックレイン!!”とか発しないとダメ的なルールがあるんだと思う≫

なお今回はH・R・GIGERゆかりのクールとグリュイェールには行けなったので、来年再びスイスに行く際に訪れようと計画していたのですが(スイスに溺愛)、どうやら来年はインドに行くことになりそうです。

すでに今からドキドキしています。

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2009年12月18日

日記:但し洋書の方

よっつは言う(洋書風に)。

元々人と比べてそこまで本を読む人間ではなかったが、それにしても最近読書らしい読書をしていない、と思ったのが今年の6月位。

何故読書しなくなったんだろうと考え、本棚を見てみると、僕にはチャック・パラニュークという贔屓のアメリカ人作家が居て、彼はここ何年か1年に1冊は新作を発表しており、事実、先日のアメリカ旅行では最新作が平積みになってる光景を見たりしたのだが、日本では5作目の「ララバイ」以降、どうも売れないらしく、発刊が途絶えてしまっているからだった。

解り易く言うと、映画「ファイト・クラブ」の原作者である。

そこでアメリカでは2002年に発刊された、彼の6作目に当たる「Diary」の原書を買い、読む事にした。

diary2 Diary:A Novel (著)Chuck Palahniuk


そうして今日まで空いた時間を見付けては辞書を引き、ウィキペディアで検索し、全体の大体1/3位まで読み進めてきた。そしてやはり、抜群に面白い。



とはいえ、先ず思ったのは「訳者さんは大変だなあ」という事だ。パラニュークに限って言えば、元々彼はかなり癖のある文体で、極端な場合文章と言うより最早散文詩みたいになる人なのだが、そのリズムを優先して訳していると日本語的にはわけの解らない文章になってしまう。とは言え通じる日本語に直すとどうしてもリズムを損なう箇所もあり。
日本で刊行されている彼の作品を、今のところ全作翻訳している池田真紀子氏には尊敬を覚える。良い意味で原文が透けて見えると言うか、実に原書の印象を損なわない、見事な訳を毎作こなされていたからだ。

そしてパラニュークの持ち味である、作中に登場する各分野の専門的なディティールについて。
この作品の原書に挑戦した数少ない彼のファンが断念してしまう大きな理由は、おそらく原作中の2日目以降に現れる美術解剖学を駆使した描写だ。辞書には載っていない、専門書を読まないと解らない、下手すれば日本語には訳されてない筋肉の名称がばんばん出てくる。
僕も美大出身ではあるが、美術解剖学の単位は落としたし、実はそれでしばらく放置してしまった。

そう、今作の主人公は元美大生なのである。設定だけ紹介すると、元美大生の主人公・ミスティが、自殺未遂による昏睡状態に陥った夫・ピーターの目覚めに備えて、義母の勧めで書き始めた日記、という体裁をとっている。
但し、あくまで体裁がそうなだけで、構成に特に影響を及ぼしているわけではない。2作目「サバイバー」みたいな、章立ての演出と思って差し支え無いだろう(「サバイバー」は46章から始まって1章で終わり、ページ数も多い方から逆にふられている)。

そんなわけで、彼の特徴のひとつ「即物的な性格/情景描写」のモチーフとして、先ず美術解剖学が出てくるわけだ。
例えば「眉をひそめる」という描写は、「皺眉筋が両の眉毛を持ち上げ、鼻梁の上まで引っ張る」となる。
意識して自分の筋肉を動かすと、本当に眉をひそめる事になるから驚きだ。
過去作で「その場に合った表情を演出する脳内カメラマン」、「ハウスキーピングの豆知識」、「医大生による超ネガティブな顔色の窺い方」等様々なモチーフを取り上げてきた彼だが、今回はいよいよ人間の表情や仕草に直接関係する「解剖学」を持って来てしまった。これだけでファンとしては期待は高まるものだ。

別のモチーフとしては、「裏美術史」とでも言えば良いだろうか。
例えば極度の乱視故の狂ったデッサンが受けて名を成したエル・グレコとか、鞭打ちの刑を受ける殉教者として絵の中に自分を登場させる程の鬱病だったミケランジェロ等、知らなきゃ良かったと思う様な、偉大な芸術家の黒いトリビアが満載になっている。

つまり、表皮の裏側の筋肉にしろ、裏美術史にしろ、彼の作品の一貫したテーマである、「何かの裏側に潜むもの」が、今作にも貫かれているわけだ。

他にも「テディベアに綿の代わりに犬の糞を詰め込んだ作品を制作したあの娘は、今は農場で平凡だけど幸せな生活を送っている」等の「美大生あるある」や、夫の職業に因んだ「建築業界のおまじない」等、興味深いモチーフと、そこから派生するイメージが洪水の様に押し寄せてくる。

現在僕が読み進めているところは、多分起承転結の「承」の中盤戦といったところだろうか。しかし彼の作品は大体が「起転転結」といった具合なので、先が気になって仕方無い。
順当に行けばこの「何かの裏側に潜むもの」に対して、「中身と見た目が一致したもの」を求める主人公の奮闘が描かれるのが、パラニューク初期の傑作「サバイバー」までのひとつのパターンではある。
しかし4作目「チョーク!」から次第に雲色が変わり、そして自他共に認める中期の傑作である5作目「ララバイ」では、また違ったドラマが展開され始めたため、続くこの「Diary」が、この先どう転がっていくのかは予断を許さない状況だ。

また、今のところ僕のツボに入った作中のアイデアとしては、「生い立ちや価値観、習慣に縛られ、自然と行動が制限されている状態は、昏睡状態と何が違うのか」というものが挙げられる。このアイデアを、作中、主人公は実際の昏睡状態に対して「パーソナル・コーマ」と名付け、要所要所で引き合いに出している。
これは個人的には、彼の処女作「インヴィジブル・モンスターズ」に出てきた「究極の自傷行為とは本人が望まないままに行う性転換である」というアイデアに匹敵している。


まあ、まだ読み終わってないうえに、こうして長々書いてきて何だと思われるだろうが、要はパラニューク読まなきゃ損でっせ、と言いたいわけだ。
ただ、どうも全て絶版になっているらしく、去年の「チョーク!」映画化に合わせて復刊、上手くすれば未訳作が刊行されたりしないかなあと思っていたが、映画の日本公開予定も聞かないし、amazonなんかで中古を探すのが一番手っ取り早い現状が残念でならない。
日本にどれだけ居るか知らないが、パラニュークファンには辛い日々が、もう何年も続いている。

ただ、映画化と言えばパラニューク作品の映画化権は今のところ全て買い手がついていて、そこでストップしたまま消えていく作品は無数にあるとは言え、希望が無い事も無い。
しかし、僕が一番映画化して欲しい「サバイバー」は、冒頭の(とはいえ46章だが)「墜落しつつある、主人公がハイジャックした飛行機の中で、フライトレコーダーに自分の半生を吹き込む」という部分が911テロにクリティカルヒットで、脚本執筆段階には入っているものの、長らく制作延期中。
「インヴィジブル・モンスターズ」なんて主人公は銃弾に顎を吹き飛ばされたモデルという、主人公そのものが18禁になりそうな設定だし、どう映画化するんだろうか(ジェニファー・ロペス主演の噂も流れてはいたが、依然開発中)。



話がちょっと逸れてしまったが、何はともあれ、久々に読書に熱中している今日この頃。加えて、「英語を翻訳する」という行為自体にも面白味を感じている状況なので、それについてもまた書くかも知れない。

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2009年12月15日

日記移行のお知らせ。

ご無沙汰しています、大里です。

いままでダメ工房で日記を書いていたんですが、少し自分の中でコンテンツを整理しようということになって、それでポートフォリオサイトを開設して、日記は全部ここに書いていこうというふうに決めました。よろしくお願いします。

「もじあるき」の告知、ダメ工房員のよっつやアヅマさんの日記、また3人で行なったアクションの報告などは、引き続きここに掲載していきますので、よろしくお願いいたします。

http://www.keisukeoosato.net/blog

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2009年12月4日

『歩こう会』発足人からのご挨拶

こんばんわ。工房員の我妻です。

このたび、『歩こう会』を発足したにあたり、この場を借りてご挨拶申し上げたく参上させていただいた次第であります。

話の発端は、ギネスを飲んでいたときに、僕がごろうくんに、
「俺、歩きたいんだけど、歩かない?!」
なんてことをいったのが最初だったと思います。
おそらくこれは、もじあるきのロケハンで歩き癖がついたということに起因しているのでしょうが、自宅から最寄り駅までの所要時間が徒歩18分ほどかかるなど、日頃からやたらと歩くことに愛着をもってしまった、僕なりの『間違った Walk this way』の結果なのではないかと思っています。そんなわけですから、自転車というものに乗る機会もなくなり、気が付けば“歩くのに邪魔”ということで、自転車は1年ほど前に捨てさせていただいた次第でありました。歩くのに興じてみたくなり、今年はスイス旅行で、アイガー付近を歩いたりもしてみたりしました。

20091204b

昨今はウォーキングが流行っておりますが、その多くは健康志向という直線上に位置している類のものだと思います。僕は健康目的だったらもっとキチンとしたスポーツを行いますので、この“歩く”という行為はまったく別次元のものであると考えます。家で冷蔵庫のビールを取りに行くとき、洗濯機の洗い物をベランダに干しに行くとき、そういったときに“歩いている”と感じる人はいないはずです。“家に居るような感覚で歩く”これこそが、僕個人における最大の歩く醍醐味だと思っていますから、歩いている最中にビールを飲んだり、i-Podで音楽を聴きだしたりしてもOK、そんなような歩きを長距離にわたって行いたいとかねてから思っていたわけでございます。

とはいいつつも、それを一人でするとただの夢遊病患者になってしまうわけですから、情けないかな同志を集めようと決心したわけです。ごろうくんは頷いてくれたものの、いまいち食指が動かないという感じでしたが、ギネス仲間のT萩さんが、とても興味を覚えてくれたおかげで、『歩こう会』はとりあえず表面だけでも形成することに成功した次第でありました。記念すべき副会長誕生の瞬間でありました。

この『歩こう会』、道程の最中では、まったくもって意思(デターミネーション)といったものとは無縁でありますが、やはりゴール地点だけは目的があったほうがいいだろうと相成りました。僕とT萩さんは試行錯誤を重ね、とりあえず深大寺まで『蕎麦を食いに歩きに行こう』という結論に至り、そのことを報告すると俄然ごろうくんもやる気になり、参加の方向へと態度を軟化していったのを覚えております。

せっかく歩くのですから見慣れた風景を辿るのは、いささか冷や水をBUKKAKEる行為ではないのか…そんなようなことも議論の対象となり、ならばまったく知らない場所からスタートするというオプションを付け加えることにしたのです。深大寺の真北20km地点からスタートしてみようじゃないか。そこで割り出されたのが、東武東上線の『みずほ台駅』という全くゆかりも身寄りもなければ、聞きなれもしない地点でありました。確固たる意思を持たずに歩くわけですから、疲れたら工程の途中でも電車で帰ることも辞さない。その意思だけは断固として揺るぎないものであった、とこの場を借りて所信表明させていただきます。みずほ台から深大寺方面、つまり南へと下っていくと、最初に武蔵野線が見え、次に西武池袋線、その次に西武新宿線、果ては中央線といった沿線が我々の工程に次々と垂直する形で交錯することが判明しました。疲れたらいつでも電車に乗って帰れるッ! 我々の胸が俄然、高鳴っていったのを記憶しております。

ごろうくんから決行日は23日(祝日)にしようとの知らせがあり、僕は仕事で京橋にいたこともあり、八重洲ブックセンターで25000分の1の地図(志木1枚・吉祥寺1枚)を購入し、来るべきルートの確認へと向かいました。中学までボーイスカウトをしていたこともあり、やはり25000分の1の地図には底知れぬ魅力が詰まっているものです。アウトドアは汚れるので大嫌いですが、地図やコンパスといった用具には機能美とデザイン性がありとても美しいものです。

20091204


さて、赤い線が引かれているのがお分かりかと思います。
この線こそ、当日我々が辿ってきた『道なき道』ならぬ、『意思なき路』として通り抜けてきた工程となります。
その模様は、近日中にごろうくんが改めて綴ってくれるとのことです。

大変長い挨拶となってまいりました。
T萩さん、ごろうくんとともに、この『歩こう会』を月イチ恒例行事として定着させるべく、これからも尽力してまいる所存にございます。
『歩こう会』とはいいつつも、まだまだ発足したばかりのヨチヨチ歩きの4足歩行どもの集まりでございます。
皆様の温かいご支援、特にお金などをご支援していただける足長おじさんや、トランペットを購入してくれるサッチモの皆様方からのご支援・ご鞭撻のほど、まことによろしくお願い申し上げます。百歩譲って貴金属類でもかまいません。
本日は、足元が悪いなか、わたくしのご挨拶を拝聴していただき、まことに御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

これをもちまして私の挨拶とかえさせていただきます。

敬具


20091204c


歩こう会会長(近影)

我妻・WK・正清

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2009年12月1日

第9地区

よっつです。

アメリカ・メキシコ旅行記は後に回すとして、これは書いておかねばという凄い映画を帰りの飛行機で見たので記録。

日本では2010年春公開予定の「district 9」である。

拙い英語能力で見たので、詳細は間違っていると思うが以下感想。
観に行こうと思っている方はネタバレがあるので注意。絶対前知識無しで観た方が良いと思いますので。

district9poster1

舞台は昆虫型の異星人が不時着した南アフリカ。そして時代はそのエイリアン難民がある程度人類社会に根付いた頃となる。エイリアン達は第9地区と呼ばれる難民キャンプに押し込められ、空にはパイロットを失ったエイリアンの母船が浮かび、街の商店等には「エイリアン禁止」の張り紙が張られていたり、逆にエイリアン差別を撤廃するようデモが行われていたり、そういう世界。
そして主人公はそのエイリアン難民に対応するMNUという組織の職員である男。彼にTVクルーが密着取材する形で物語は始まるのだが、何らかの書類記入を求めエイリアン宅を一軒一軒回っていた際に起こった事故により、男の身体は徐々にエイリアンの姿に変化して行く。症状が発現してからは組織には実験台として扱われ、狂信的な地元ギャング団にはカニバリズムの的とされ、行き場を失った男は、元の姿に戻るため、地球人に隠れて母船に戻る方法を模索しているエイリアン家族のテクノロジーを頼り接触を図るのだが…という展開。



今まで宇宙人が出てくる映画は沢山あったが、「地球(人)に何も用は無い」という宇宙人は初めてではなかろうか?
彼らはあくまで母船に戻りたがっている難民であり、肩身の狭い生活をせざるを得ず、そのため仕方無く地元ギャング団と大好きなキャットフードを目的に自分達のテクノロジーを横流ししたり、騙されたり、これだけ下手に出てくる宇宙人は見た事が無い。強いて言うなら「エイリアン・ネイション」位だろうか。
たまに意思の疎通が上手くいかなかったり、体力差のせいで人間を殺しちゃうけど、ご愛嬌。

「ご愛嬌で済ますなよ」と言われそうだが、これは僕が特殊な環境で観た事に起因するだろう。
まだ日本語翻訳されていない映画のため、劇中、主人公の流暢な英語には勿論字幕が付かず、逆にネイティブでも聞き取り難いエイリアン達の英語には英字幕が付く、という環境での視聴だったのだが、そのため、横暴な家宅捜索等迫害に見舞われるエイリアンの心情の方が身勝手な人間達の心情よりも理解できるという結果になった。
映画のクライマックス、エイリアン達が母船を動かし地球を脱出するシーンで感動し、主人公の成り行きはそもそも自業自得だしその後はどうでも良い、という印象をもたらす要因となった。全く知識の無いメキシコ語(スペイン語)環境におかれ、良い加減辟易していた僕の心を代弁している様な気持ちになり、胸が躍った。
そういうわけで、舞台設定や物語展開を見るに、おそらくアパルトヘイト等の人種差別がモチーフのひとつとして取り上げられているのだと思うが、すんなり入ってきた。

そして「TVクルーの密着取材」という形式から解る通り、「食人族」から最近は「クローバーフィールド」に繋がるモキュメンタリー方式を取り入れているのだが、プロデューサーがピーター・ジャクソンで、彼には「コリン・マッケンジー」という素晴らしい前科があるので期待は裏切らない。どころか完全にステップアップしてると言って良いのではなかろうか。後半は劇映画になり、その方式転換がちょっとスムーズではないが、気にならないと言えばその程度のものだし。

「クローバーフィールド」と違い、舞台は灼熱の南アフリカ、しかも日中がメインというのに、エイリアン含めたCGも違和感無いところが凄い。
アクションも、「寄生獣」の後藤を実写化したような、エイリアンの戦闘ロボの動きや銃弾跳ね返しギミック等見所盛り沢山。

制作費は日本円で約30億って事らしいが、日本で30億かけてもこれができるだろうか…?

また本作とは関係無いが、ドキュメンタリータッチの良いところ。
それは状況説明が最悪無くても良い、何故なら「素材が無い」というリアリティのある理由で納得させ得るから。
今考えている企画をフィクションにするかドキュメンタリーにするかもう長い事悩んでいるのだけど、ドキュメンタリーに傾きつつある。



とにかく必見です。
僕も日本語対応したらまた観てみたいと思っています。
何せドキュメンタリーパートに出てくるコメンテーターが言ってる事は何ひとつ解らなかったので。

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