2009年4月16日
ダメ工房のメンバー、よっつこと吉村真悟監督の作品。
事故によって昏睡状態に陥った主人公:素子は病院に入院。顔に受けた傷が元で現実を悲観し、目覚めたくないと思い始める。そんな彼女に対して、周囲の人々は何とかして彼女を起こそうとするのだが…というものだ。
このほど発売されたDVD「ココダケノハナシ」に、オムニバス形式の一話として収録。撮影日数一日限り、尺も10分と制約を課せられた中で完成されたものである。
しかし侮るなかれ。
まずは冒頭、出演者のテロップが流れる数カットと、オープニングタイトルを見るだけでもいい。そこからしてすでに何やら不穏なのである。テンポのいいナレーション、インサートされる主人公の妄想シーン、確かにそれらは小気味の良いポップな風景に見えるが、騙されてはいけない。例えば、(主人公の)母親と、同級生が病院の待合廊下で話すシーン。引きの位置にカメラが置かれ、まるでそこには人格があるかのように、誰かの目で覗いているかのごとくカットが切り替わる。あるいは、ベッドから起き上がろうとする素子を俯瞰視した映像、お別れを言いに来た同級生の手元のアップも、(ネタバレになるのであまり言えないが)見る側にドキリとさせる印象を与えるのだ。
それは、例えばホラーやサスペンス映画のように、ジャンルに集約されるものではない。こちらの予想の範疇を微妙にはみ出し、超えていくことで生まれる「何か決定的にとんでもないことが起きそうだという期待感」や、もしくは「未知のものに対峙したときの恐怖感」=<不穏さ>なのである。
では、そうまでして期待感、恐怖感をあおっておきながら、監督がラストに見せるものは何か。
『想像の世界のほうが楽しい』と逃避し続ける主人公に対して、監督は、「現実は直視しなければいけない…」という声高な主張ではなく、「まぁ現実はこんなものだから見てみなよ。それから考えよう。」という親しみと優しさを込めて物語を終えるのだ。
虚構として散々嘘をつき倒しながら、安易に「良い話」をこしらえることはせず、一方で、所詮は虚構だからとシニカルに気取るのでもなく、現実世界への距離の取り方をまっとうすぎるくらい誠実に見せて締めるのである。
一見不穏な雰囲気は、果たして大した問題ではなかった。ラストに見せる優しさと、冗談とも照れ隠しともつかない茶目っ気こそが、この作品の持ち味なのだ。…そう考えてふと気付く。じゃあ冒頭の不穏さはなんだったのかと。ああ、いつのまにかやっぱり予想を裏切られていた。不穏である。この監督は不穏である…。
« 前の記事| 次の記事 »
-

中村 武史
nakamura takeshi

大里 圭介
oosato keisuke
プロフィール
-
-
-
-
わが息子の初の商業作品の映像に素晴らしい批評を感謝!
批評を読むともう一度しっかり見直したくなりました。
つぎはもっと長い作品で批評いただけることを願ってます。
繰り返し 目覚めて夢見る 春シオン
2009年4月16日11:54 PM|シオン母|
>>シオン母さん
コメントありがとうございます。
批評というほどしっかりしたものではないので恥ずかしいのですが、うまく紹介できればと思って書かせてもらいました。
長編作品、こちらも期待して待っている次第です!
2009年4月19日3:12 PM|づけし|