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2005年08月26日

第1回 RSRに行くと決めたこと。

こんにちは、ここ一ヶ月サイトを放ったらかしにしていたごろうです。

今回はRSRに船で行ったときの旅行記でもつづることで、復活第一弾を飾ろうかなと思ったわけです。

 

RSRとは、北海道で行われる、今年7年目のロックフェス、ライジングサンロックフェスティバルの略称である。ひたすら邦楽アーティストが集まるというのと、広々とした北海道の大地の朝日が美しいというのが特徴である。

ところで僕は、ライブと言うものに、ほとんど滅多に行かない。

小学生の頃、母親が

「近くの市民ホールに、”コムロ”がライブに来るけど、行かない?」

と誘ってきた。もちろん小室哲哉だろうと思って会場に行ったら、フォークシンガーの小室等だった。切ないギターが会場に響き渡った。冷静に考えれば、市民ホールに小室哲哉が来るわけがないのだ。僕はとてもがっかりした。

それがトラウマなのかどうかはしらないが、ライブにほとんど行ったことが無いし、行こうと思うことが少ない。もちろんそれでもときどき行くし、行ったら行ったでそれなりに感動する。また行きたいなどとも思うのだが、その気持ちが持続するのはせいぜい1日程度で、その後は結局僕は部屋を真っ暗にして、少し高価なヘッドフォンを耳に掛けて音楽を聞く日々が始まる。

僕にとって音楽を聞く場所は、部屋と、車の中だけらしい。それで十分らしい。

「音楽やってるんだ」という人に、たくさん出会ったわけだが、そのほとんどすべての人のライブに行ったことが無い。バンドのフライヤーやCDジャケットを描いたりしても、どうしても腰が重い。嫌いなわけじゃない。むしろ、その人たちがどんな音楽をやっているのか無性に知りたい。好意的に思っていることをアピールしたい。そして予定を空ける。それでも、腰が重い。足が動かない。CDがほしいと思ってしまう。僕はそれを、部屋で目をつぶって聞きたいと思ってしまう。

そんな僕が、ロックフェスのロの字も発さずに生活してきたのは、当然の結果と言えるだろう。誰も僕を誘わないし、僕から誘うこともないし。

 

しかし、今年は誘われたのだ。しかも、音楽とはまったく関係のないルートで。僕がお仕事をもらっている大日本生ゲノムという会社のCEO・須田さんのお誘いである。

須田さんはコメディライターだが、ある日、

「僕ね、RSRに出演することになったよ」

と言い出した。

コメディライターとロックフェスの接点が分からず、最初は洒落かなと思ったが、RSRの公式サイトに名前があったので、「本当なんだ」と思った。どうやら、今回のフェスにはブラックホールという、コメディ専門のイベント会場が設置されるらしい。須田さんはそこで喋るらしい。

「大里君も、来てみる?実際手伝ってほしいことがあるし」

と言われて、「面白そうですね」と返したが、結局いつものライブのように、僕の足は動こうとしないのだろうなと、そのときは内心思った。しかも会場内のチケットは出せるが、現地までの交通費や宿泊費は自腹らしい。

しかし、須田さんの発した次の言葉が、僕の心を一気に北海道まで連れて行った。

 

「リリー・フランキーに、会えるよ」

 

リリー・フランキーに、会える…。

リリー・フランキーに、会える…。

 

その言葉は、いつまでも僕の脳内にこだました。

ブラックホール最大のゲスト、リリー・フランキー。2002年の秋から、リリーフランキーのラジオ番組に病み付きになった僕。大学の学園祭でトークライブ「スナック・リリー」が開かれたときには、ステージの真横の席で話に聞き入った僕。著作もだいたい読んだ。

僕にはお金が無かった。しかし10月あたりに小笠原か沖縄にでも行こうと、こそこそ溜めていた少額のお金があった。北海道にどうやっていくのか、いくらかかるのかは分からなかった。8月中旬からしなければならない映像制作の仕事をする時間も、大幅に減ってしまう。RSRの二日目には、サポセンの仕事で一緒だった人のBBQが多摩川で予定されている。火起こしは僕と、すでに内定されている。

もろもろ含めて、いま北海道に行くのはリスクがあるな、と思った。しかしあの弱小球団・阪神タイガースを優勝に導いた星野仙一監督はこう言ったのだ。

「迷ったら、前に出ろ。」と。

 

僕は行くか行かないか、迷った。だから、僕はRSRに行くことに決めた。

 

書いている人 大里 圭介(ごろり)
Oosato Keisuke

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