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2005年09月01日

第4回 でっかいお船さん。

新潟駅北口から、やたら車線の多い大通りがどでんと延びているのだが、ほとんどといってよいほど車も人も通っていない。そりゃそうだ、まだ朝5時すぎ。街はまだ眠っている。

しかし何はともあれおなかがすいた。一刻も早く、何かが食べたかった。おもむろに歩いていると吉野家発見!ごはんもコシヒカリに違いないと思って突入する。こんなときに、24時間営業はありがたい。

吉野家に入ると、同じ夜行バスから降りてきた人が、号令をかけたわけでもないのに一同に集まって豚丼を食べていた。ここは旅人が集まる牛丼屋なのだろうか。しかし「同じバスに乗っていた一体感」みたいなものはすでに消失し、僕らは別々の旅人となっていた。お互いがお互いを認識していたが、特に話しかけたりすることも無く、黙々と箸を進める。

船の出発時間は10時すぎ。ずいぶん時間もある。新潟駅から船着場までのバスもあるが、始発までまだ時間がある。コンビニで地図を広げると、船着場まで4,5キロということで、そう遠くもないようだ。街並みも見てみたいし、僕は歩くことを決める。

少し大通りを抜けると、すぐになにもなくなって、かわりに海が見えてきた。残念ながら曇っていて、太陽も昇りきっていないからか、景色に感動することは無かった。

さらに港町定番の工場地域に入ると、もはや誰一人歩いていなかった。海風が僕の頬に当たるが、それがやけに冷たく感じられる。

そしておもむろに振り向いたビルの入り口にこんな石碑があったので、僕の心はますます凍りついた。

 

「拉致」

そんな言葉が、僕の頭をかすめた。なんて書いてあるのか読めないだけに余計怖い。しかし、なぜハングル文字は、こういうおどろおどろしい書体で書かれるのだろう。もっといろいろなフォントがあるだろうに。

さらに歩くと、遠くに大きな船が見えた。たぶんあれが、今回僕の乗る「新日本海フェリー」に違いない。

それからさらにてくてくと歩くが、まわりに見るべき景色がひとつもない。夜行バスで話した大学生に、新潟の観光名所を聞いたが、「新潟には何もないっすよ」と返ってきたことを思い出した。たしかに何にもなさそうだ。

そうこうしていると、船着場に着いた。船のでっかさに驚いた。建物よりもずっとでかい。

まず船に近づいてみる。その大きさに、全体像が写真に収まらない。船の前に停まっているトラックがミニカーに見えてしまう。僕はコレに乗るんだ、と思うと少し興奮した。

ゆっくり歩いたこともあって、船着場についたのは7時すぎだったと思う。ほとんど人はいない。搭乗手続きは9時半からなので、数時間ここで時間をつぶさないといけない。

船着場の二階に上がってみると、「さあ旅人よ、ここでごろんとしてください」とでも言われているような、理想的なやわらかい長いすがいくつも設置してある。そしてそこに、ことごとく旅行者が雑魚寝している。

僕はバスでほとんど眠れなかったこともあり、ここで急激な眠気に襲われた。無意識のまま、隅のほうに余っていた長椅子に横たわり、休息をとることにする。

それでもけっこう深く眠ってしまったのか、はっと起きるとすでに搭乗手続きの時間だった。すでに搭乗口には行列ができている。船に乗る人はこれほどいるのだ!そしてカーフェリーということもあって、乗客には家族連れが多い。

列の中には犬もいた。犬は船酔いしないのだろうか。

僕は搭乗手続きをすませ、列の後方に並んだ。僕が乗るのはもちろん2等席(雑魚寝)だが、席番号が与えられていない。聞くと、早いもの勝ちで場所取りをする必要があるらしい。だからこんなに行列ができているのだ。しまった、失敗したなと思った。

 

書いている人 大里 圭介(ごろり)
Oosato Keisuke

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