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2005年12月11日

第11回 小樽のクラシックな風景。

8月21日、13時ごろ。

って、2ヶ月ぶりの更新。いま12月なので、旅に出たのはえーと、えーと、4ヶ月前ですか、覚えてないって。

でも浪人のときに、予備校の先生に「終わらせることが大切」と言われたことを思い出して、ちゃんと書きます。そして早々に終わらせます。

えーっと、そうそう、小樽の街は綺麗だったということですね。

河のほとりなんぞに目をむけますと、倉庫を改造したお店が並んでいるわけです。

そしてしばらく歩くと、見つけました。「出抜小路」なる一角。ここを見たとき、さっきの場所でたらば蟹を食べたことを少し後悔したくらいで。

要は、新横浜のラーメン博物館のように、小樽で獲れたらしい魚介類を使ったあらゆる店舗が、一同に立ち並んでいるというカオスな場所である。カウンターに席が4つくらいしかないようなお店が10とか20とかひしめきあっている。しかもどれもおいしそう。やばい。どこで食うか?と思ったが、

・お金が無い
・さっき昼飯食った

以上の理由から、見なかったことにして、ここを離れることにした。今にして思えばもったいないことをした。

それでしばらく歩くと、小樽では有名らしい「大正硝子館」。歴史がありそうだ。

高校のときの沖縄修学旅行の文集で、バトン部の部員全員が「硝子はショウコに見える(爆)」みたいな文章を書いてきたのを思い出した。全員だぜ。揃いも揃って。そのときは日本の未来も危ういな、と子どもながらに思ったけれど、まぁそんなことはどうでもいい。

大きなリュックを背負って、繊細で美しいガラス工芸品が並んでいるお店に入ってみると、「危ないですので…」と丁重に追い出された。

その後、近くにあったオルゴール記念館に入ったがやはり、「危ないですので…」と追い出された。小樽を歩くときには荷物は軽いほうがいいらしい。

それとも、危なかったのは僕の顔だろうか。

まあそれはいいとして、さらに染織アトリエなる施設も発見。染織なら大丈夫だろうと中に入ってみたが、やはり大丈夫。美しい染織作品が所狭しと並んでいた。布マニアなら絶叫するだろう。中の写真は撮れなかったが。

しかし、門に掲げてある「染織」の看板は衝撃的に格好悪い。こんどこのやりかたで、「最高に格好いい俺たち」という文字を作ってみてもいいかもしれない。

一瞬でも休むと眠くなるので、とにかく施設から施設へと、休むことなく歩き続ける。つづいては、旧日本銀行かなんかの紙幣をつくる施設だ。いまは紙幣博物館として、無料で公開されている。

中に入ってみると、使い終わった紙幣を粉々にして、オブジェにしたものなどが飾られていた。こんなもの作ってどうするんだろう。うんことか作ればいいのに。

さらに、何の文脈でだか忘れたが、ビジネスマンの手帳が大公開されていた。どうせ、公開のためにそれらしく書いて作ったものだろうが。

ビジネスマンの忙しい一週間のかたわらに、赤丸で囲ってみたが、プライベートな予定もわざとらしく記載されている。

いわく、

「6:00PM 東口改札口 (ハートマーク)と待ち合わせ♪」

なぁにが、(ハートマーク)だ。手帳だろ?実名を書けばいいのに。よし子ならよし子、やす子ならやす子と書けばいいのだ。

そんな突込みを入れながら、博物館を出ると、ホテルのチェックインの時間だった。

博物館からホテルは、たまたますぐ近くだった。泊まるホテルは、小樽グランドホテルクラシックという、実に歴史のある建物である。100年は言い過ぎかもしれないが、とにかく昭和初期から建っているという奇跡のホテルである。宿泊費、素泊まりで7000円である。

マンガみたいな古めかしい"西洋風"のエントランスに入ってチェックイン。しかしそこのお姉さんは僕の名前を見るなり

「実はご相談が…」

と言い出した。

「なんですか?」と聞いてみたら、

「実はお客様の予約された洋室のことなんですが…。本日宿泊予定のほかの団体様のお部屋がひとつ、どうしても足りなくて…もし宜しければ、和室に移っていただけませんか?」

要するに、団体客のひとりが和室を割り当てられて、「洋室じゃないとイヤよん!わたぁし、おフランス生まれだから。」などとごねたのだろう。たかだか1泊7000円の宿でセレブ気取りやがって。僕もサポセンという仕事でクレーム等を聞く仕事をかじっていたので、お姉さんの「めんどうくせぇ事になったなぁ」というお気持ちはよく分かった。

そこで「かまいませんよ」と答えたときの、お姉さんの安堵っぷりったら、よほど面倒くさいクレームだったのだろうとうかがい知れるほどだった。

お姉さんは

「もちろん宿代は5000円に割り引かせていただきまして、朝食も付けさせていただきます。なんだったら、翌朝の小樽港までのタクシー券も差し上げます」

と、至れりつくせりな状態になった。なんという親切ぶりだろう。デビィ夫人でも泊まる予定だったのだろうか。

お姉さんはよっぽど嬉しかったのか、僕に間違えてぜんぜん違う部屋の鍵を渡してくれた。

 

部屋に着くと、恐ろしいほどの眠気と、疲れがどっと体に来た。耐え切れず、北海道限定の「サッポロクラシックビール」を一気に飲んだ。

そのとき、RSRの講演のために同時に北海道に来ていた須田さんから連絡があった。「一時間後に小樽に行くので、ご飯でもどうですか?」ということだった。

僕はここで眠っては永遠に起きられない気がしたので、気力を振り絞って、須田さんが来るまで、さらに観光をすることに決めた。

 

書いている人 大里 圭介(ごろり)
Oosato Keisuke

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