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2005年12月22日

第14回 相川へバスで。

8月23日、11時ごろ。

佐渡島の両津港に着いた。さっそくジェンキンスさんと曽我さんを探そうとも思ったが、時間が無いので止めにした。そうだ、思ったより時間は無いのだ。僕は18時ごろの船に乗らないと帰れないことになっている。急いで佐渡金山に行かねばならない。

さて佐渡だが、観光パンフレットが多い。実に親切である。こういうのがしっかりしているところと、そうでないところとはっきり別れる。八丈島は良い島だったが、観光情報という意味ではひどい有様だった。

その点佐渡島は、しっかり島を売り込もうとしている。もらったパンフの中で最も役に立ったのが、これである。

着いてから気づいたのだが、佐渡島はバスの島である。バス路線が、東京メトロのように張り巡らされている。上のパンフは、そのバスの全時刻表と、行き先の簡単な観光情報が載っている。これさえ見れば、帰りの時間もきっちり計算できる。

僕は佐渡金山がある相川というところまでのバスに乗った。ちょうど、佐渡島の真ん中を北上するバスである。

しかし佐渡島というのはでかい。この田んぼの風景など、島らしからぬ、しかし美しい風景である。

佐渡島は思ったよりも発展していて、主要なバス停の付近にはこのように立派なアーケードがあったりする。

そして、霞ヶ関にいっぱい電車が接続しているように、いろんなところにいけるバス停もある。そういうところのバス停は豪華である。

さて、数十分が経ち、終点・相川に到着した。この相川というバス停もでかい。

相川と言うのは、両津港とちょうど反対側にあるので、海が近い。

相川もこのようにアーケードがあるが、どことなく江戸風情がある。金山の発掘は昔から行なわれていたから、その名残だろう。

さて休むまもなく、さっそく佐渡金山へ向かう。看板も親切で、佐渡金山までは迷うことなく行けるようになっている。

しかし、金山というくらいで、目的地は山なのである。のっけから急な階段が立ちふさがる。

体力無いですので、ちょっと階段登っただけで息が切れるわけです。しかし登ったらすぐ、きれいなレンガの塀。このへんは江戸時代からお金持ちの街として発展していたようで、街並みが文化財級である。まぁ赤レンガってことで、時代はもっと後なのかな?

すぐ近くに、ちょっとエライ人が住んでたらしいお屋敷なんかも保存されている。

江戸時代、もっとも発達していたという「京町通り」というのを通って、金山に向かうことにする。しかし、今見ると人気の無い、ただの道。もっと江戸な感じを期待していたのだが…。だが家々はなにか趣があるというか、似たようなマンションを見ながら歩くよりはよほど気分が良い。

しかし今日は日が強く、とにかく喉が渇く。しかし歩けど歩けど自動販売機が見つからない。困った。でも歩くしかない。たぶん佐渡金山まで行けば、飲み物が売っているに違いない。

京町通りも当然、山に向かっていくので坂道である。疲れる。

これなどは立ち入り禁止の建物なのだが、非常に気になる。中に入りたい。

ちなみに歩き始めて一時間ほど、誰にも会わない。人が居ない。そして静かである。この道を歩いて金山に行く人は少ないのだろうか。

やがて家は消え、完全に山道に入ってしまった。写真では見えないだろうが、地面にはきりぎりすらしき虫が大量にいる。気持ち悪い。アスファルトを良く見ると、見たことの無い虫がいっぱいくっついている。

とにかく喉が渇いた。そして、静か過ぎて怖い。

金山というだけあって、金をとる際に亡くなってしまった人も多いようで、その人たちの霊を鎮めるような墓だの、なんなのがぽつりぽつりと置いてある。これがなんだかオーラを発していて、怖い。カメラを向ける気にもなれない。あまり霊などを信じるタイプではないのだが。

木々に覆われて太陽すら隠れるような道も通ったあと、開いた視界に、お店らしきものが見えてきた。

 

書いている人 大里 圭介(ごろり)
Oosato Keisuke

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